極上社長からの甘い溺愛は中毒性がありました


 そう言うと彼は畔を優しく抱きしめてきた。更に緊張して肩が上がってしまうけれど、彼の体温を全身で感じ、鼓動や香りに包まれると、次第に体の力が抜けていく。

 『畔ちゃん。これは、何?』

 畔を抱きしめていた椿生は、畔の腕にあったあるものに気づき、指をさして口の動きで伝えた。
 畔の腕には飾り気のない、黒色のデジタル型腕時計がつけたままになっていたのだ。だが、畔はそれを取り忘れたわけではなかった。

 畔はサイドテーブルに置いたままになっていたノートを手を伸ばし、1度起き上がって文字を綴った。

 『振動型の腕時計です。普通の目覚まし時計だと気づかないので、この腕時計の振動で起きるんです』
 『なるほど』
 『その他にも災害とかの場合もこの腕時計が通信して起こしてくれるんです』

 畔は彼に腕時計を見せながら、反対の手でそれに触れた。この腕時計は普段の生活から危険な時まで助けてくれる存在で、畔にとってはなくてはならない物だった。

 椿生は畔と同じようにその腕時計をジッと見つめる。と、彼は何故かその腕時計を外し始めた。椿生はそれをノートと一緒にサイドテーブルに置いてしまったのだ。

 『何で取ってしまうんですか?』
 『俺がいる時は俺が畔ちゃんを守るよ』
 『…え』
 『朝は俺が起こしてあげるし、何かあったら俺が起こして畔ちゃんを助けるから。だから、俺と一緒の時は腕時計じゃなくて、俺を頼って』
 『…………』
 『腕時計になんか捕らわれずに、俺とゆっくり眠って。安心していいんだ』
 『…っ』

 耳が聞こえなくなった事は不運だったかもしれない。けれど、同じ境遇の人だって多くいる。辛い思いをしている人は沢山いる。だから、畔一人が寂しがり怖がって助けを求める事などできるはずもなかった。
 畔の耳が聞こえなくなって、怖いと思ったのが音楽が聞けなくなる事と夜だった。
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