エリート副社長とのお見合い事情~御曹司はかりそめ婚約者を甘く奪う~


氷室さんの両親は、氷室さんが高校生の頃に離婚している。

おばさんが不倫をしていたことがおじさんにバレた半月後、おばさんは不倫相手と一緒に家を出た。
〝家を出た〟という表現は平和すぎるかもしれない。実際は、家族の目を盗んで姿を消したのだから。

もちろん、ひとり息子である氷室さんにも何も告げず、氷室さんはそれからおばさんと顔を合わせることなく今になる。

私がいじめに遭い、ひとりで泣いていたあの公園に氷室さんがふらっと現れたのは必然だったのだと思う。

薄暗くなる空。通行人が児童や学生から大人へと変わっていき、それぞれの家からは温かい家庭の音が響きだす頃。
私と氷室さんの家に電気はつかない。

そんな寂しさを埋めるために、私たちはあの公園でとりとめのないおしゃべりをしていた。

私が随分年下だということもあってなのか、元からの性格もあってなのか、氷室さんはいつも明るかった。

私を励ましてくれるような声のトーン。笑うと覗く八重歯。惜しみなく見せてくれる笑顔。

私はそれらが大好きだったけれど、見るたびにいつも少しだけ胸が痛んだ。
その向こう側に、氷室さんの隠した傷が見えるようで……可哀相で、無邪気に笑顔を返せたことはなかった気がする。

氷室さんがしてくれるのは、学校での楽しい話が半分以上だったけれど、たまに例の件の話もあった。


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