エリート副社長とのお見合い事情~御曹司はかりそめ婚約者を甘く奪う~
『まぁ、もう昔の話だけどな』と、必ずカラッとした笑顔で終わった話はどれもよく覚えている。
『もともと仲が悪いって知ってたら、ああついに離婚したのかーくらいだったのかもしれないけど、そんな素振りかけらも見せなかったんだよ。いつも仲良くて、俺にもニコニコしてて、それは母親としては立派だったのかもしれないけどさ……ただ、俺はなにも覚悟できないままだった。あんな幸せそうだったのになんでって、結構ずっと引きずった』
氷室さんのおばさんは、本当に花みたいな人だった。
朗らかな雰囲気をしていて、いつでも微笑んでいるような、女性として憧れずにはいられないような人だ。
だから、話を聞いた時には私も信じられなかった。……信じたくなかった。
『結婚イコール責任みたいな話もあるけどさ、全然そんなことないじゃんって思った。裏切るのなんて一瞬で、あっという間に他人なんだもん。籍抜く手続きしただけで、もう他人。他人……どうやったらさ、実の息子より他人の男が大事になるんだろうな。もともと俺なんかどうでもよかったんかな』
氷室さんの自嘲するような笑みに、共感した胸がひどく痛んだのを覚えている。
『義務とか責任とか、籍とか。そんなもん、なんの意味もないんだなって思った。そういうもん何も関係なしに一緒にいられるのが本当なのかもしれない』
公園にぽとりと落ちた声はどこまでも静かで、それなのにやけに耳に残って離れなかった。
まだ子供だった私は、氷室さんの話にうまい言葉は返せなかった。
でも、氷室さんはそれでいいみたいだった。
私が同じ思いを持っているとわかっていたからだろう。
そこから、私と氷室さんのこの歪な関係が始まった。