シークレットガール
「第7章」
久々の休みの日、私は思う。何をしよう。今まで検証ばっかで休みなんかする暇なんてなかったから、いざ休むとなるとなんか何をすればいいかわからないんだよな。
まあ、暇だし、読書でもしてよ。私は書棚から適当に本を取り出した。そしてコーヒーメーカーからポットを外し、その中央にナイフが彫ってある、私のお気に入りのマグカップにコーヒーを注いだ。
一口飲むと、口の中に広がる甘くて苦い香りがとても心地よく感じる。なんかコーヒーを飲むと心が緩くなる。まるで緊張が溶けていく感じだ。
優しい香りに包まれながら私はそっと本を読み始める。一応買っておいたけれど、読む時間がなくてそのまま放置していた。
タイトルは「今までずっと好きでした。」という本だ。なんか評判が非常によかったので買ってみた。
内容はざっくり読んでみたところ、恋愛モノだ。うむ、あんまり好きなジャンルではないけれど、買ったんだし読まなきゃ損だよね?
読んでいると携帯が鳴っていた。あれから一時間ぐらい経っていた。夢中になっていたんだな、私。案外恋愛モノ好きなのかも。
あっ、そうだ。携帯鳴っていたんだっけ。確かめると美波から連絡があった。
「もしもし。美波、どうしたの?」
「今、会える?」
何だろう。なんで急に会おうとするんだろう。でも丁度暇だったし、美波とあって遊ぼうか。
「うん、いいよー。どうせ暇だったし。」
「それじゃいつものカフェで会おう! 今、午前10時だから11時まで来てね! それじゃもう切るね!」
そう言って、美波は電話を切った。何だろう。変だな。会ってみればわかるだろうし、そんなに気にしないでおこうか。
っていうか、約束の時間が11時だし、そろそろ準備しよう。シャワーを浴びて服を着替える。そして簡単に化粧をして外に出る。
いつものカフェに行くと、もう美波はそこにいた。私は大きな声で美波の名を呼びながら、そっと近づいた。そんな私に気づいた美波は嬉しそうに微笑んで、私に早く来いと手を振った。
美波の前に座る。私はカフェラテを頼んだ。美波の前にはアメリカーノが置いてあった。
重たい沈黙がしばらくの間続いた。私は息苦しくなって美波に「何? なんかあった?」と聞いた。
ちょっと不安になった私の額を冷汗が流れる。美波はふと窓の外を見やった。
「ねえ、何か隠してない?」
彼女が吐いたのは意外な言葉だった。何か隠してる? その質問の意図は何だろうか。
「何も隠してないよ。何言ってるの? 私が美波に隠し事なんてするわけないじゃん。」
私は平気を装って、そう言った。実はすごく不安だ。バレてないのか心配になったのだ。
美波は依然として窓の外を見やっている。そんな中、私の頼んだカフェラテを持って、定員さんがそっとカップを置いてから去っていった。
カフェラテを一口飲んで、少し落ち着こうとする。でもなかなかその不安は消えてはくれなかった。
「へー、そうなんだ。じゃこれは何?」
そう言って美波は一枚の写真を取り出した。よく見てみるとそこには丁度検証し終わって、スッキリしたかのように笑う私、そしてもう死んでしまった本田の死骸がそこにいた。多分私がその死骸を処理しようとするところなんであろう。って何でこの写真を持ってるんだ? 誰にもバレてないと思ってたけれど。
「ねえ、これあんたよね? 一体何をしているの?」
バレていた。美波に。どうしよう。考えろ。考えるんだ。あ、そうだ。美波も味方にすればいいんだ。もし味方になってくれなかったら殺しちゃえばいいし。
「何をしてるって? そりゃ「検証」だよ。私が行っているのは崇高な実験なの。私たちが生きる意味を見つけるための、そんな実験なの。まあ、多少の犠牲者は出ると思うけど、でもどんどんわかってきた気がするし、それも無駄じゃなかったと思ってるよ。ねえ、素敵でしょ?」
美波は少し怒っているのか、顔をしかめていた。そこまで怒らなくてもいいのにな。ちょっと怖いなー。
「そんなに怒らないでよ。私だってこんなことしたくはないのよ? でも気になって気になって仕方ないの。だから美波ちゃんも一緒にどうかな?」
美波を失いたくない。出来るならずっと友達でありたい。だから私はこう言った。受け入れるかどうかは彼女次第だ。受け入れてほしいなー。なんて思ってしまう自分がいる。
「嫌よ。なんで私がそんなことに参加しなければならないわけ? そんなにしたいなら勝手にしやがれってんだ。」
美波は私に軽く軽蔑しているように見えた。やっぱりダメか。じゃあ仕方ないな。
「じゃあ選んでよ。ここで死ぬか、黙るか。ここで決めてよね。」
「それ、冗談でしょ? っていうか本当なの? あんた、本当にひ、人殺しなわけ?」
美波は未だ信じられないって顔をしていた。まあ、無理もないか。昨日まで笑いあっていた友達が裏では人殺しだなんて、そりゃ私だってビックリするわ。
でもこれは仕方のないことだ。誰になんと言われようと私は決してやめる気はない。
「うん、本当だよ。だからどっちか選んでよね? 私もあなたを失いたくはないし、できるなら殺したくない。だから私に協力してくれるよね?」
その言葉は少し重たく響いた。少なくとも私にはそう聞こえた。冷たくてあったかい声で私は言った。
美波は少し間を置いて、こう言った。
「良いよ。私だってあんたのこと失いたくないし。」
意外とすんなり受け入れてくれた。よかった。本気でそう思った。
「じゃこれからもよろしくね。検証の時になったら連絡するから楽しみに待っててね!」
そう言って私はそっと立ち上がる。もう用は済んだし、そろそろ帰るか。
「あ、私がお代払っておくから、ゆっくりしててね!」
美波の返事を聞く前に私はお代を払って店を出た。今日は上手くいって、本当によかった。
危うく大切な親友を失くすところだった。でも結局美波はなぜあの写真を持っていたんだろう。確かにあの場には私と星野くんしかなかったはず。
星野くんがそんなことするわけないし、一体誰なんだろう。
そんな疑問ばかりが私の頭をよぎる。まあ、明日聞いてみれば明確になるんだろうし、そんなに気にしなくていいかもしれない。
フッと、私は空を見上げては笑った。その笑みが何に対してのものだったかは私もよく知らない。
でも少し心が軽くなったのは覚えてる。そんなこんなで上手くいってるような気がするし、心配事もそんなにない。これでいい。
うん、私は間違ってなどいない。私は私にそう言い聞かせた。ぽっかり空いた心の穴を今は埋めてくれるものもあるし、そういう人もいる。
幸せかも。私、今のままでいいのかもしれない。全てが壊れたらどうなるんだろう?
いや、そういうのは考えないでおこう。今は検証のことを考えよう。私に出来ることを一生懸命にやるしか、今はないから。
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