シークレットガール
「第1章」
「ねえ、どうして逃げるの? どうせ生きていたってつまらないでしょう? 苦しいよね? なら死んだほうがいいと思うけど。違うかな?」
逃げ出す彼の背に私はそう言いかけた。彼の名は本田和彦。うちのクラスでは有名な男だ。まあ、否定的な意味でだけどね。言わなくてもわかるでしょ? そういう男だ。いじめられっ子だ。私は彼を追いかける。走るのは得意だ。高校生になった今でも陸上部のキャプテンをやっている。県内大会では5年連続一位という記録を持っているほどだ。
「そんなに走ってさ。疲れないのかな? もうそろそろ諦めたほうがいいと思うよ。」
どうせ私からは逃げ出せることなど出来っこないから。そう言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。言ってもアイツは聞かないだろうから。
「はーい! つーかまえた!」
楽しそうに私は声高くそう言い放つ。まあ、実際楽しいけれどね。
彼は怯えていうようだ。まあ、コイツのために何かをしてあげる必要は正直ないので私はいつものようにあの言葉を冷たく言い放つ。
「もういいよね? 私はあなたと長話をしている暇はないの。だから早く死んでほしいなー。」
そう言って私は両手でナイフを持ってそのまま心臓を突き刺す。気持ちのいい快感が私を襲う。ああ、やっぱいいな。そう思いながら彼が完全に死んでしまうまで私はその場を離れなかった。
どんな気持ちだろう。私は殺したことはあっても実際死んだことはない。まあ、感じたくはないけどね。やられるんじゃなくて私がやるから楽しいんだし。その快感を失いたくはない。
「それじゃ帰りましょうか。」
完全に死んだのを確かめるためにそっと彼の手首に私の指を当ててみた。脈拍はないようだ。
ナイフと軍手を鞄に入れてチャックを閉めた。私はまるで透明な涙に滲んでいるような空をそっと見上げてみた。水色の空はいつも私に生きていると教えてくれるもののうちの一つだ。
背後から人の気配を感じた。何だろう。私の「検証」を見てたのだとしたら何か手を打たなければならない。誰にもバレないようにわざと皆帰ったのであろう時間帯 -午後八時ぐらい-を選んだけれどやっぱり残っている人はいるか。でもこんなところに来た理由はなんだろう? まあ、どうでもいいや。黙っていてくれるならそんな事情はどうだっていい。私はそう思う。
「ねえ、そこの君。そう、左に曲がったその先でじっと私の方を見ている君のことだよ。まあ、違ったらごめんね? でも違わないよね。だってずっと感じたんだもん。君の気配が私の方まで。多分ほぼ全部見たよね? 早く出てきた方がいいと思うよ。そうしなければ私が殺してあげるよ。そうして欲しけりゃずっとそのままで待っていても構わないよ。私はその方がいいかな? 次の検証対象は君になるのかな? まだ誰かはよく知らんけど。」
それから私はそっと笑った。少し不気味でもあるが、基本的には優しい笑み。そうだと私は思うけどね。何か皆んなはそうとは思わないみたい。
「はーい! みーつけた!」
私がいる学校の裏庭の左側にある曲がり角に立ち、そう言った。あれ? 何も感じない。さっきまでは確かに人の気配があったのに。どうしちゃったのかな?
とりあえず曲がってみよう。私はそう決め、左へ曲がった。そうするとそこにはある男が立っていた。
でも何か見たことのある顔だった。どこで見たっけな。覚えてないや。
「やっぱりいたね。ねえ、君! ちょっと聞きたいんだけどね。君と私ってどっかで会ってなかった? 何かどこかで見た顔なんだよね。」
彼は深くため息をつきながら言った。
「俺だよ、俺。星野博一。同じクラスじゃねぇか。何回か話してみたことはあるっていうのにもう忘れたのか?」
あ、思い出した。あの、ちょっと悪そうな人だ。星野くんかぁ。ちょっと手強そうな相手だな。そう思った。
「本当にごめんね! 私、ちょっと人の顔とか名前とか覚えるのが苦手でさ。許してくれるよね?」
「まあ、良いよ。別に怒ってもないしさ。っていうかお前、俺のことを殺すって? そんなこと出来るのかよ。お前には無理だと思うぜ。」
「まあ、それはやってみなきゃわかんないでしょ? でも私はそんな乱暴は嫌いだから出来るだけ穏便に済ましたいんだよね。」
彼は私のことを全く信用していないようだ。
「私は本当にそう思っているのになぁ。ちょっと酷いな。」
「不気味に笑いながら人を殺すような奴には言われたくないぜ。」
「まあ、それはともかく一つ提案があるんだけど。」
「なんだ? そんなに俺のことを殺したいのか?」
「確かにあなたのことを殺せることが出来れば最高に気持ちいいと思うんだけど今はそんなことよりもっと破格的な提案があるの。きっとあなたも気に入ってくれると思うわ。」
「何だよ。早く言えよ、じゃあ。」
一瞬の静寂が二人をそっと包むが、あんまり嬉しくはなかった。
「ねえ、あなたは私のことをどうしたいのかな?」
「そりゃまあ、通報するよ。当たり前だろ?」
「そう言うと思った。でもそうはさせないよ。何があってもあなたのその生意気な口を封じて見せるわ。」
そこまで言うと彼は私のことを不満に思っているように見えた。正確に言うと私のその提案の方だと思う。まあ、でもここで引き下がるわけにはいかない。私はどうしても彼に告発を思い留まらせなければならない。どうすればいい?
あ、一つあった。彼がどんなに頑固な人間であってもこれには敵わないのではないかって思うものが一つある。
それは「快楽」だ。どんな人間であっても快楽を嫌う人はいない。少なくとも私はそうだった。
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