【短】あの夏を忘れない
「夏生さんは、何度か?」

「そうだね。ここは何気に行きつけに入るかな。いちいちあのやり取りしないといけないのはいただけないかな」


腕時計を人差し指でトントンとリズミカルに叩いて、少し渋い顔をする彼に思わず笑いがこぼれた。



「ふふ。確かに面倒くさいですよね」

「あ、笑った」

「え…?」


そう、聞き返すやいなや彼は私の頭をぽん、と一つ撫でて…。


「ずっと、泣きそうな顔、してたから…ね」


なんで?

なんで、分かってしまったんだろう?


「どうして…?」


思わず出た言葉。
彼はそれ以上何も言うことはないと言ったように、手元のグラスに口をつける。


そこで…気付いてしまった。
相席をする時に軽い挨拶を交したあの瞬間から…。



彼に心を奪われていたことに…。






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