【短】あの夏を忘れない
今年の夏はきっちり区切りが付いてあるようで、長い梅雨のあとにやってきた、灼け付く季節にやたらと安堵の溜息が出たことが、遥か昔のことのようだ。
私は、熱に浮かされていた。
ハッキリと張り付いていた、薬指の指輪の跡に気づかないフリをして…。
溺れることで、自分を正当化していた。
溺れることで、自分を慰めていたんだ。
「叶海さん…」
「あぁ…此処にいるよ」
頬を撫でる大きな手。
それでも、彼は私の隣で眠りにつくことはなかった。
儚い夢の中、身は千切れていく。
それでも、欲してしまうのは…甘い毒を飲み干したいと思う、人間の本能…そして性。
「もう帰るの?」
「ん。愛海はまだ寝ていていいよ。おやすみ」
そう言って、愛しそうに…まるで壊れ物を触るかのように、私に触れる彼を感じては、尋ねてしまいそうだった。
『彼女とはどんな……』
けして、聞けない…問い掛けを。