嘘吐きな王子様は苦くて甘い
「…」

おかしい。付き合ってる時より、別れた後の方が彼氏彼女っぽいことしてるなんて。

「ほら、こっち」

さっきのショッピングモールから、電車で約三十分。自然が豊かで、景色が綺麗だと有名なところ。ロープウェイに乗って、高台までやってきた。

降りる時、なんでもないみたいに手を伸ばしてくれる旭君。戸惑いながらも、私はその手に触れた。

簡単に引き寄せてくれる、私とは違う強い力。こういう何気ないところで男の子だって意識させられるから、私の心臓の鼓動はいつだってフル稼働だ。

「綺麗だね…」

九月半ば、紅葉にはまだ早い季節。眼下いっぱいに広がる緑と少し茶色ががかった木々のコントラストが素敵で、いつもと違う空間にいる気分にさせてくれる。

「あっちいこ」

旭君は私の手を離さないまま、前を歩いていく。皆がこぞって写真を撮っているスポットから少し離れた静かな場所。

「疲れた?」

「ううん、風が気持ちいいね」

さっきまで人がいっぱいの映画館に居たのに、今は鳥の鳴き声が聞こえる自然の中にいる。なんとなく不思議な感じがした。

「なんかお得な気分」

「は?」

「都会と自然、いっぺんに味わえちゃった」

「何だそれ」

満足気に言う私を見つめる旭君の表情が優しくて。ドキンとして、思わず目を逸らす。

「そういうとこ、俺とは違う」

「え?」

「昔から何でもいい方向に持ってくの、俺とは全然違う」

「…そうかな」

「俺ねじ曲がってるかんな、色々」

「否定はしないけど」

「あ?」

「フフッ」

不機嫌そうな声を出す旭君に、私は小さく笑った。

まだ少し残暑の残る蒸し暑い時期だけど、時折頬を摘んでいく風が気持ちいい。










「なぁ」

旭君が、小さく私を呼ぶ。

「何?」

「好き」

一瞬、何もかも全部が止まって見えた。

「俺…」

「あ、旭く」

「え…っと」

旭君は片手で前髪をクシャクシャにして、口元も真一文字に結んでる。視線を左右に彷徨わせてて、いつもの余裕そうな雰囲気はどこにもない。

「あ、あの…」

聞き間違い、じゃないよね?目の前の景色に気を取られてて、あまりにも小さなその声を私は勘違いしたのかもしれない。

「…っ」

旭君は、唇を結んだまま何も言わない。というより、何か言いたげなんだけど言葉が出てこないような、もどかしそうな表情でギュッと眉間にシワを寄せてる。

「あ、旭君…?」

「…好き、だから」

やっぱり、小さな声。だけど旭君は、決意したように真っ直ぐ私を見つめた。頬っぺたが赤くて、前髪はくしゃくしゃ。眉間にシワも寄ったままだ。

「俺ずっと…お、お前のことが…その…っ」

「…」

「す、しゅきで…っ」

「え?」

「い、いや違くて…だから…っ」

こんな旭君、初めて見た。

天邪鬼で意地悪で余裕たっぷりな旭君は、どこにもいない。

何度も何度も「好き」の二文字を一生懸命口にしようとしてて。

そんな彼にドキドキしながらも、私は思わず笑ってしまった。

旭君が大袈裟に反応を示す。
< 44 / 89 >

この作品をシェア

pagetop