独占欲強めな副社長は、政略結婚で高嶺の花を娶りたい

 そして手を握られたまま歩き出す。手を引いている海斗さんは、私の少し前を行く。

 えっ。待って。手!

 心の声は口から出て行かなくて、全身の神経が片手に注がれる。シュノーケリングの時も手を握ってくれていたけれど、それとこれとはなんだか違う。

 やだ。どうしよう。気持ちの止め方がわからない。

 例え海斗さんに恋人がいなくても、この恋は実らない。だって石垣島から出た後に海斗さんの前に姿を現せるのは、『村岡物産の地味な黒髪ボブヘア古屋由莉奈』だ。

 東京に戻っても、私のままで自信を持って海斗さんの前に現れたい。

 私は強い決意を新たにして、大きな背中を見つめ続けた。

 八重山郷土料理に舌鼓を打った後、竹富島に船で渡る。

 のどかな風景が広がる島で水牛車を頼み、さっそく乗せてもらう。

「わあ。石垣と赤い瓦屋根がいいですね。あっ! シーサー!」

 赤い瓦屋根は今までも見てきたのに、今はより鮮明に映る。このまま、時が止まればいいのに。

 ゆったりとした時間の中、贅沢なひと時を過ごしたものの、そういう時間は早く過ぎ去るもので。

「もっとゆっくり回りたかったね。今度は長い休みを取って来よう」

 同じ思いなのかな、と思うと嬉しくて、けれど『今度は』の、その今度に私は一緒にいられるわけじゃない。その当たり前のことが、無性に寂しさを募らせた。
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