その手をぎゅっと掴めたら。

南ヶ丘駅から大通りを直進。

交差点を右折して、徒歩7分の場所に我が家はある。

木彫りの看板には"さの喫茶"と丸みのある文字で書かれている。


自宅兼、喫茶店。
祖父は定年後に喫茶店のマスターを始め、亡くなるその日までお店に立ち続けた。

癌を患い、いつ倒れてもおかしくない状態で豆と香りに拘り、美味しい珈琲を淹れてきた自慢の祖父だ。


しかし半年前、亡くなってしまった。
私は長野県で父と2人暮らしをしていて、中学卒業と共に上京、春から祖父と亜夜の3人で暮らす予定だった。そんなこれからという時に祖父は春を迎えることができなかった。不幸中の幸いか、一足先に上京していた亜夜が看取ってくれた。


後継もおらず、祖父がひとりで切り盛りしていた喫茶店は急遽閉店することとなったが、知らせを聞いた多くの常連が涙を浮かべて最期の別れに来てくれた。

祖父は病気に負けずに大好きな珈琲と、自慢の珈琲を美味しいと通ってくれた常連に囲まれ、幸せな日々を生きたのだろう。

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