政略結婚の甘い条件~お見合い婚のはずが、御曹司に溺愛を注がれました~
そして、じっくり農園と結婚について考えたい。
昨日、郁子と会った帰りにウィッグやさらしを買って準備は万端。大地本人に頼めばいいのかもしれないが、かわいい弟にそんな責任を背負わせたくない。変装して会うのも内緒だ。
幸いにも大地は夕方までアルバイトで不在のため、菜摘は緊張の心持ちで理仁がくるのを待っていた。
理仁がやって来たのは、夏の日差しがさんさんと降り注ぐ午後だった。
大地に扮した菜摘が玄関のドアを開けて出迎えると、理仁は一瞬の間のあと首を伸ばして家の奥を覗くようにした。
「……菜摘さんは?」
小首を傾げつつ、視線を菜摘に戻す。
(なんとか大地に見えるみたい……!)
心の中でガッツポーズをしながら平静を装う。
「すみません。姉はしばらく旅に出ています」
理仁が大地と言葉を交わしたのは、一週間前の挨拶だけ。声なんて覚えていないだろう。
菜摘は、不自然にならない程度に低くした声で答えた。事前に何度か練習したため、我ながら上手だ。