政略結婚の甘い条件~お見合い婚のはずが、御曹司に溺愛を注がれました~
「お姉さんに早く戻るように伝えてもらえる? 待ってるよ、と」
一歩間合いを詰めた理仁は、僅かに腰を曲げて菜摘の顔を覗き込んだ。さっき同様、最後の〝待ってるよ〟をやけに強めるからギクッとせずにはいられない。
(……もしかして私が菜摘だって気づいてるの? でも私の嘘に乗る必要なんてないし……)
不可解な反応に戸惑いながらメガネのブリッジを人差し指で持ち上げる。菜摘は小さく頷くだけで精いっぱいだった。
仕事をするから、なにかあったら声をかけるよう菜摘に言い置き、理仁は書斎に引きこもった。
さすがは有名パティスリーの社長。今日は土曜日で一般的に休みだろうが、忙しくて休んでいられないのだろう。
菜摘はあてがわれた部屋で、バッグに詰めて持参した荷物を出して空っぽのクローゼットのハンガーに掛けた。
そうしているうちに家政婦の美代子が現れ、なにもなかったベッドにパットやシーツを敷いて整えていく。
「私、お姉様にお会いするのをとっても楽しみにしていたんですよ」
「えっ、あ、そうでしたか。すみません」