黒王子の溺愛
美桜は、今日から婚約者の家に住むことになっていた。

藤堂家は古くから続く家で、会社もいくつか経営している。
未だに政略婚も多い中、今回の婚約については、実は美桜には楽しみなことだった。

──『経済界の華』

美桜はたまに、父に連れられてパーティに出ることがある。
けれど、そこでそんな風に呼ばれていることを、美桜自身は知らない。

そんなパーティーでは、沢山の人と会うのだし、美桜の立場では、その紹介された人々を覚えておくこともない。

けれど、少し前に父に紹介された人が、…今の婚約者である黒澤柾樹《くろさわまさき》だった。

巨大なグループを経営していて、ファンドとも密接な関係にある、というその人は、眼鏡が怜悧な印象を与える、けれど、とても顔立ちの整った、綺麗な人だった。

怜悧な印象ではあるけれど、線は細くない。
経営者としても、頼り甲斐がありそうな印象だ。
──すごく、素敵な人…。
その黒澤は、美桜に向かって、にこりと笑った。

「初めまして、黒澤柾樹と申します。」
とても低いけれど、柔らかい声は美桜の耳に、甘く響いた。

後日、その人から結婚の申込みがあったと聞いて、一も二もなく、進めてください!とお願いしてしまった美桜だ。

だって、あの時、一目惚れしてしまったあの人が、美桜の旦那様になるなんて!

恋にも、結婚にも夢がある美桜は知らなかった。


それが完全な政略結婚だったこと、
少なくとも、御相手である黒澤柾樹はそのように解釈していた事を。
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