黒王子の溺愛
ラフなコットンシャツと、白のパンツは仕事をしていたわけでもないようだ。

それに、その表情は、初めて会った時とは違う、ひどくひんやりと、冷たいものだった。
その視線に、美桜は居場所なく立ち尽くしてしまう。

「あの…。」
「座って。」

「はい。」
冷たく突き放すように言われて、すとん、と美桜はソファに腰を落とす。

すると、黒澤が、ふっ…と鼻で笑う気配がした。

「君のお父さんは凄いな。君のところ、資金繰りに困っているようだね。援助を頼まれたよ。冗談で、娘さんを俺にくれたら、援助を考えてもいい、と言ったら、悩みもせず君を差し出してきた。」

「それは……!」
違う!
誤解されている。

会社の資金のことは分からないけれど、父は、娘さんをくださいと言った、黒澤のその言葉を、ちゃんと美桜に伝えたのだ。

それに対して、美桜は了解した。
だから、この話は進んだのだ。

悩みもしなかったのは、美桜の方で、…だから、了解の返事が早かったのだ。

「それは…?」
「それは……、」

必死で言葉を重ねても、言葉が彼の表面を上滑りしているのが分かって、美桜は俯いて唇を噛んだ。
膝に乗せている手をきゅっと握る。

なぜ、そんな誤解をされているのか…。

「君は…、父親に売られたんだな。」
彼は立ち上がって、するりと美桜の頬を撫でた。

顔を持ち上げられて、美桜は彼と目が合う。

そして、彼は、それはそれは綺麗に微笑んだのだ。
「可哀相に…。」
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