黒王子の溺愛
◆黒王子の休日◆
「休んでください、と言っても素直に聞いて頂けないことは存じてます。」
さすがに、秘書の倉田が眉間に皺を寄せつつ、柾樹に言う。

いつもピシリとした、スーツ姿に伸ばした背筋。
出来物の秘書だと認めてはいる。

「分かっているんだが…。」
「ええ、ですから、視察はいかがです?」

「視察…。」
「1件社長に直接確認していただきたい物件があるんです。」

「直接?」
「リゾートなので、判断が難しいそうです。」
「今、リゾートか…確かに難しいかもな。」

「理由はそれだけではなくて、高級リゾートなんですよ。物件自体は悪くないです。でも、まあ、決定的に宣伝が上手くない…といいますか…。確かにウチと提携なり子会社なりで運用すれば、まだ、可能性があるのは事実のようなんですが。」

「ふん…。」
柾樹は、そう返事をして、ため息をついた。
「資料はあるか?」

「こちらに。」
すっと、資料が差し出された。
柾樹の秘書の仕事は、いつも完璧だ。

柾樹が資料を確認すると、確かに物件は悪くはないようだった。
むしろ、なぜ、これで成功しないのか分からないような物件だ。
比較的新しいようでもある。

「諦めるには早くないか?」
「当初に資金を入れすぎたようですね。」
「まあ、これだけの施設だからな。」

本館であるホテルを中心に、両翼にコテージを点在させている、リゾートホテルだった。

「経営者のモチベーションが下がっていることは間違いないようなんです。話題になれば、それなりのような気はします。あと、まあ…維持するのに体力的にどこまで持つか…というところのようですね。」

倉田は既に資料を確認しているようで、資料をめくる柾樹に、説明を加えていった。
ここで言う体力とは、資金的なことである。
つまり、資金がどこまでもつか、という話になっている、ということだ。

「なるほど…。」
「ここに、美桜さんと視察に行かれてはどうか…と。」

「は?」
美桜は柾樹が愛して止まない婚約者だ。

「なぜ美桜なんだ…?」
突然出た、美桜の名前に、思わず顔を上げる柾樹である。
当の倉田は、真っ直ぐ柾樹を見た。

──なぜ、そんなに真っ直ぐなんだ?

いいですか?と切り出された。
「社長、婚約されて、美桜さんと旅行など行かれて、ごゆっくりされたことは、ありますか?美桜さんに、ごゆっくりしていただくのも、いいと思いますよ。
いつも、朝食やコーヒーをご用意下さって、社長の身体を心配されているんですから。」
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