冷酷御曹司と仮初の花嫁
「ありがとうございます。気慣れなくて肩が凝りそうです。緊張してしまいました」

 私がそういうと、佐久間さんは穏やかな微笑みを浮かべた。


「確かに着物は重いだろうね。静香さんはさっきママが言っていたけど、新人なの?」

 新人というのは語弊があるけど、今は私はこの店の一員であるのは間違いない。でも、今日だけだけど……。

「はい。今日が初めてです。まだ、お酒も作れなくて」

 カランと佐久間さんのグラスに入った氷が音を立て、私が手を伸ばそうとすると、それを佐久間さんは止めた。

「いいよ。もう飲まないから。それにしても君みたいな女の子がこういう仕事をするのには理由があるよね。楽してお金を稼ぎたいって感じにも見えないし」

「いえ。お金の為に働いています。大学の奨学金が残っています。普通に働いていても返済出来ないので」

 嘘ではなかった。でも、クラブではなくて、普通働いているのはカフェだけど。そこは言う必要はなかった。もう二度と会うことはない。

「それなら君を個人的に雇うことは出来るの?」

「無理です。今の状況で緊張の余りに死にそうですから。今日で、私にここでの仕事は向かないと分かりました」

「凄く簡単だけど、お金が稼げる。君に一つのリスクだけ取って貰えば、後はメリットだけだと思う」

「甘い話には乗らないようにしています。それに自分で計画的に頑張りますので」

「でも、その借金が帳消しになれば、これからの人生が楽になると思うけど。仕事は簡単だよ。半年だけ俺と結婚すること」

「結婚?」

「爺さんが病気で俺が結婚するのを楽しみにしているらしく。去年から降るようにお見合い写真が届けられる。俺はまだ結婚するつもりもない。半年後に大事な商談があるから、それに向けて面倒事に関わりたくないのが本音だ。お見合いをすることで時間を潰すのが勿体ない。だから、『仮初の花嫁』が欲しい」

「そんなの無理です。人を何だと思っているのですか?」

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