冷酷御曹司と仮初の花嫁
「これはビジネスだよ。俺は見合い除けの花嫁が欲しい。君は人生をやり直すためだけのお金と自由が手に入る。悪い話ではないよ」

「でも…。そんな」

「花嫁と言っても、一緒のマンションの同じフロアに住むが、部屋は別々。これからのことを考えると同じフロアにはなるが、その位はいいだろ。離婚した時はその部屋は慰謝料の一部にするよ。仕事も続けていいし、何をしても構わない。爺さんの病院にお見舞いに行くときだけ一緒に行くことと、籍を入れることが条件だよ。籍を入れてないと疑われるから」

 見上げると、初めて目が合う。この人、目の奥が澄んでいて、飲み込まれそうなほの優しい微笑みの前に私はドキッとしてしまった。気慣れない着物を着て、身体が上手く動かないのか、それともこの人の瞳に吸い込まれるように感じるからか……。身体が固まる。

「無理です。それに何で私ですか?」

「借金全額返済。離婚時は慰謝料も払う。期間は半年。結婚式もしないし、出来るだけ迷惑も掛けない。悪い話ではないと思うよ。半年後に自由になった時は借金も何もないから、新しく始められる。マンションも売っていいし」

 そういって、佐久間さんは私に名刺を渡した。私が名刺を手に固まっていると、佐久間さんは静かに声を響かせた。

「俺は女には困ってないから、君の身体も心も要らないから」

 確かに女の人に困っているようには見えなかった。でも、いきなり『仮初の花嫁』と言われて頷けない。借金返済と共に、戸籍には離婚歴、つまりは✕が付いてくる。

 将来、もしも好きな人が出来て離婚歴があって、それも『仮初の花嫁』となると、ドン引きされるだろう。借金の金額と自分の将来を天秤に掛けると自分の将来が大事だった。

< 24 / 58 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop