うそつきアヤとカワウソのミャア
 突拍子も無い話なのに、彼女は実に神妙な顔で会話を続ける。

 嘘は言わないように注意しなよ、そうアドバイスする紗代が随分と頼もしく感じた。
 殺虫剤よりも、霊に効くのはお守りとかお札だろうと、彼女なりに対策も考えてくれる。

 ミャアはちっとも怨霊に見えないが、そこは黙っておこう――そう心に期した私へ、タイミングを計ったように紗代が嫌な質問を投げてきた。

「どんな呪いか、分かってるの?」

 どう答えるのが正解なんだ。
 でっちあげた呪いを膨らませて話すのか。ありのままを打ち明けるのか。

 決断を後押ししたのは、紗代の心配顔と、嘘は危険という思い。
 彼女にも注意されたばかりなのに、ここで嘘を重ねるのは道理に合わない気がした。

「……になっちゃう」
「え、なに?」
「私も馬鹿げてると思うよ。でも言われたんだ。これ以上、嘘をつくと――」
「ど、どうなるの?」

 ゴクリと紗代の喉が鳴る。

「カワウソにされちゃう」
「…………」
「マジだって。そんなの有り得ないとは思うけど」
「幽霊に言われたの?」
「霊っていうか、カワウソそっくりの妖怪が現れてね、夜中に。そいつが喋るんだ。嘘をつくとカワウソになるぞって。目の前で喋られたら、私も信じないわけには――」

 紗代は盛大に自分の鼻を摘んだ。
 吹き出すのを我慢した彼女から、くふっと一息漏れる。

「嘘みたいだけど、本当なんだってば。カワウソが部屋にいきなり出たんだよ!」
「んふふっ……、あははははっ! やめて、やめてよ、アヤちゃん」

 素晴らしい笑顔だと思う。
 親友って素敵。
 こうやって楽しく笑わせられるから、嘘はやめられない。

 しかし、今ばかりは最悪の展開だった。

「んもうっ、ちょっと信じちゃったじゃん。前フリに仕込み過ぎだよ」
「いや、本当に殺虫剤で撃退できないかなって」
「カワウソを? 殺虫剤で? あははっ!」

 無益なやり取りは、彼女と別れる交差点まで続く。
 満面の笑みを浮かべた紗代は、しっかりと鼻は摘んだまま、そこで自分の家路へと道を別れた。

 振られた手に私も腕を掲げて応じたものの、すぐに力無くだらりと下ろす。

 十二月の夜風は冷たい。
 コートの襟を立て、足を早めてみたところで、寒さは少しもマシにならなかった。
< 17 / 31 >

この作品をシェア

pagetop