ズルくてもいいから抱きしめて。
「そうだな、俺は姫乃が可愛くて仕方がないよ。前川、、、お前だって何度も誘って断られ続けたんだから、姫乃の可愛さにヤラれた一人だろ?」

樹さんは周囲に聞こえるように、わざとらしく大声で話した。

前川さんの顔は段々と真っ赤になり、黙って聞いていた同僚たちはザワザワし始めた。

「え〜!振られた腹いせに噂流したのかよ〜」

「それって、ただの逆恨みよね〜」

どこからか覚えのある声が聞こえてきた。

この声は、きっと中村さんと橋田さんだ。

“お二人とも、ありがとうございます。”

私は心の中でそっと2人にお礼を言った。

「むしろ断ってもらって良かったですよ!だって、おかしいでしょ?天城さんならまだしも、神崎さんがあの“shin”の仕事を取ってくるなんて信じられませんよ!他所の出版社ではアポすら取れないのに、こんな難しい相手から仕事が取れるってことは、カラダ使うでもしないと無理でしょ!」

前川さんの言葉に、私ははらわたが煮え繰り返りそうだった。

私のことを好き勝手言うのは勝手だか、慎二のことを侮辱するような言葉にどうにも我慢ならず、私は樹さんの後ろから一歩前に出た。

「もういい加減に、、、」

言い終わる前に、樹さんが私の肩をポンっと叩いて私の言葉を制した。

そして、いつものようにニヤッと悪戯な笑顔を私に向けた。

この顔は何かある時の顔だ。

その顔に安堵した私は、怒りを抑えその場を樹さんに託すことにした。

「なるほどね、、、。前川は、“shin”が今回の仕事を引き受けたのは“姫乃の誘惑に負けたから”だと言いたいんだな。」

樹さんは何か策があるようで、わざと大きな声で前川さんの言葉を繰り返した。

「そうですよ!そうに決まってますよ!可愛い顔してるからって、調子に乗ってカラダ使って簡単に仕事取ってきてるんですよ!」

「、、、だそうですよ!“shin”さん!今の全部聞こえてましたよね?」

樹さんが部署の入り口の方に向けて声を掛けると、そこには慎二の姿があった。
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