夫婦未満ですが、子作りすることになりました
「凛子。これ」
私のお礼の言葉は華麗にスルーし、神代さんはいきなり呼び捨てにして胸ポケットに手を入れ、黒い革の名刺入れから一枚取り出した。
震える手で受け取った名刺を目の前に持ってくる。
「神代零士、さん……?」
「零士でいい。年は二十七。素性はそこにある通りだ」
素直に名刺の続きを読むと、そこには信じられない肩書きが。
【神代製薬株式会社 専務】
「神代製薬の専務!?」
母が昔勤めていた製薬会社だ。N大学薬学部のほとんどが第一志望で採用試験を受け、最近は新ワクチンの開発でその名を全国に轟かせたばかりの業界最大手企業。そこの役員だなんて。
「神代さんって、もしかして……」
口をあんぐり開けてマスターを見た。
「そう。彼は神代製薬の御曹司だよ。それにあの天下のT大卒。凛子ちゃんにぴったりだね」
続いて神代さんに目を戻す。彼は「どう?」と誘うような表情で頬杖をついている。
……いや、いやいやいや。ぴったりじゃないでしょ、なに言ってるの。私なんてただのガリ勉に過ぎない地味な女だけど、この人は本物じゃないの。このルックスでT大卒の御曹司。少し守備範囲が広いようだけど、誘いに乗ったらボロ雑巾のように捨てられるに違いない。