紅一点
「ハオ、そろそろ
店を閉めましょう。
看板を片付けるわよ。」
淳之介が店の扉を開けて片手で
押さえながら、私を呼ぶ。
扉の開閉に合わせて
ドアベルが心地良い響みを鳴らす。
「はーい。直ぐ行く。」
「急がなくちゃ、
約束の時間になるわ。
ほら、ハオ、裾を
踏んでしまうわ。気をつけて。
階段で転んじゃ大変よ。」
「うん。」
…とはいえ、向こうでは
パルクール部に所属していて、
割とガッツリ励んでいた。
多分、この重力と
時間の進行速度であれば
階段から突き落とされても
対処できると思う。
重力は軽くて
時間の流れは遅い。
筋力を維持ができれば
多分、私はこの世界なら
ちょっとだけ神がかった
動きが可能だ。
まぁ…身体なんて
楽な方に直ぐに慣れてしまう
ものだから、当面の話だけど。
行燈の火を消すと、
あたりは近所の民家から
溢れる灯りと、少し先の
色街の灯りのみになった。
夜の街の灯も、ムコウの
ネオンに比べれば、
随分寂しいものだ。
「来たか。罪人。」
暗がりでも、直ぐに判別できる
優男が、一階店舗の扉から
スルッと出てきた。
うるさい。
殺しちまおうか。
悪徳ブローカーめ。
「ちょっと!重蔵。
アタシが一緒じゃないからって
ハオに酷いことしたら
タダじゃおかないんだから。」
ムッとする私を他所に
私の羽織りを腕にかけながら
淳之介は拗ねた素振りを
見せた。
「ハイハイ。淳之介は
ほんと過保護だな。
こいつは、無事に返すよ。
さて、行きますか。」
重蔵は、周囲を見渡し
マンホールの蓋を開け
体を滑り込ませた。
『早く来い!』
穴の中から、
呼ぶ声がする。
「ハオ、気をつけてね。」
蓋を支える淳之介が
心配そうな表情をしていて。
「大丈夫。行ってきます。」
私もそこに足を踏み入れた。