婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
 そんなパーフェクトな彼からのプロポーズをお断りするなんて、天邪鬼な女はなかなかいないだろう。

「私も……渡したいものがあるの」

 紅は自分のバッグから封筒を取り出し、彼へと差し出した。

「なに?」

 結構な重みのあるそれを受け取った宗介は、怪訝そうに少し眉をひそめた。
 彼が中身を確認するのと同時に、紅は言う。

「百万円です。大学の入学金として借りたもの。本当に助かった。こうしてきちんと就職して生活できているのも、全部宗くんのおかげ。本当にありがとうございました」

 紅は深々と頭を下げた。宗介は心底驚いたという顔でぽかんと口を開けている。

「あれは、おじさんに投資してもらった分を返したまでだ。紅に貸した覚えはないよ。大学も就職も紅が頑張ったからで、俺に頭を下げる必要なんてどこにもない」

 宗介はどこまでも優しい。この百万円を貸してくれた時も同じ言葉をかけてくれた。今の彼にはともかく、当時の起業したての宗介にとっては百万円はそれなりの金額だったはずなのに。

「ううん。お願いだからこれは受け取って。少しでも早く返すために、必死で貯金してきたの」

 学生時代のアルバイト代、就職してからの給料とボーナス。少しずつ貯めて、ようやく百万円を準備したのだ。ここ半年くらいは本当に生活を切りつめた。食費を節約しすぎて、3キロ近くも痩せてしまったほどだ。
 それもこれもタイムリミットに間に合わせる為だった。

 25歳の誕生日。

 今夜、百万円を返済して宗介にこの言葉を伝えて自由になるのが紅の目標だった。

「結婚は……できない。私達の婚約は破棄させてください」
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