婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
 店を出て、ホテルの中庭をふたりで歩いた。間接照明に浮かびあがるモダンな庭園は雰囲気たっぷりで、数組のカップルが夜の散歩を楽しんでいた。
 
 そんな幸せそうなカップルを傍目に、紅は気まずい表情で宗介に訴えた。

「やっぱり、どう考えても指輪は受け取れないよ」
「要らなきゃ捨てていいよ。あれは紅のものなんだから」
「す、捨てられるわけないでしょう!」
「じゃあ換金するといいかも。それなりの額にはなると思うよ?」

 困りきっている紅を見て、宗介はおかしそうに笑う。いつだって彼は余裕たっぷりで、紅には彼の真意はつかみきれない。

「どうしても指輪を返すっていうなら、俺も百万円は受け取れないな」
「それとこれとは……違わない?」
「違わないよ」

 少し先を歩く彼の後ろ姿を紅は見つめた。おそらくフルオーダーなのであろう仕立てのいいスーツが憎らしいほどよく似合う。紅のワンピースとは確実に桁がひとつ違うだろう。

 おもむろに彼が振り返る。ほんの少し傷ついたような苦い笑みを浮かべながら彼は言う。

「婚約破棄の理由を聞きたいな」

 紅は少し考えてから、ゆっくりと言葉をつむいだ。

「自由……かな」
「俺といるのは不自由?」
「そういうことじゃなくて……親が強引に決めた婚約だし……その親も、もういないしね。宗くんのお父様はうちの父のワガママに付き合ってくれただけでしょう?」
「うちの両親は楽しみにしてくれてるけどね、俺と紅の結婚」

 紅は目を閉じ、ゆっくりと首を振る。 婚約した当時は、たしかに喜んでくれていたかもしれない。お似合いだと思ってくれたのかもしれない。
 けど、いまとなっては宗介の両親は絶対に賛成などしないはずだ。
 彼はIT業界を牽引していく経済界のスターで、これといった取り柄もない市役所勤務の紅と似合うはずがない。住む惑星が違うのだ。










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