婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
『どうしたの?』
『ごめんね! 宗くんの上着、借りたまま帰ってきちゃった』

 次に会う口実を作るためにわざと忘れたふりをしていたのだが、純粋な紅は宗介の策略とは思ってもいないようだ。すまなそうな声で詫びている。
 
『いつでもいいよ』
『こんな高そうなのずっと持ってるの怖いから、明日の朝にでも宗くんの家に届けるよ』

 今日は金曜日だ。宗介はあまり曜日感覚のない働き方をしているが、公務員の紅は土日はしっかり休めるようだった。

『う~ん、それがちょっと』
『明日はお仕事? それなら会社のほうでも』
『いや、事情があってしばらくホテル住まいになりそうなんだ』
『そうなの? 大丈夫? ホテルはあんまり得意じゃなかったよね』

 そう言えば、以前に紅にそんな話をしたことがあったなと宗介は思い出していた。国内でも海外でも出張が続くと疲れてしまうと。ホテルが悪いというわけではなく、人の多い場所だと落ち着かないタイプなのだ。普段わりと自炊をするほうだから、食事に飽きるという面もあるかも知れない。

『まぁ、疲れたら旬の家にでも……』

 旬も独身だし転がり込んでも問題はないだろう。そう考えて、はたと思い当たった。

『あ、旬はダメか』
『ダメなの?』
『大学生の妹が同居中なんだった』

 年の離れた妹が大学進学で上京してきており、この春から同居しているのだった。旬の世話にはなれない。

『困ってるなら……うちに来る?』

 紅の口から、まさかの提案がなされた。


 

 







 
 
 






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