君といた夏を忘れない〜冷徹専務の溺愛〜
 楓の処置が終わると、念の為一晩入院になると説明された。元々今日は帰国日で重要な業務はなかったので、秘書の中川を社に帰らせ、高林と待合スペースで病室が整うのを待つ。

「それにしても」

 隣に腰かけた高林が、今日何度目かの俺を責める瞳を向けてくる。

「会いたかったのは分かるけど。朝イチで会社に来て、2年ぶりの再会早々、相沢さんを問い詰めて。何してるのよ、おぼっちゃま」

「……悪かった」

 ふぅと溜め息をついた後、高林は楓の秘密を語り始めた。
 2年前の夏の日。俺が海外支社勤務となり、日本を発つ日のこと。彼女は歩道橋から転落した。身寄りのない彼女は緊急連絡先がなく、財布の中の健康保険証から健康保険組合、そして本社に連絡が来て、高林が事故を知ったときは、俺は空の上だったそうだ。
 そして彼女は3年前の夏から2年前の夏、つまり俺が日本で過ごしていた期間を忘れている……と。

「私が連絡してなかったのが悪かった。でも報せれば貴方飛んでくるでしょ。思い出そうとすると、こうして倒れちゃうの。この2年で2回。これで3回目ね」

「……そうか」

 何故知らせなかったと責める前に、彼女が正しかったことを思い知る。その証拠にこうして帰国早々、彼女を倒れさせてしまった。

「仕事中は気を張るのか倒れたりしなかったわ。でも終業後にね。私は無理しないで休職することも勧めたけど、自分の覚えている居場所を失うみたいで怖かったみたい。極力休まないようにしてるみたいだったわ」

 楓らしい、と思った。
 可愛らしい見た目とは裏腹に、努力家で、自分に厳しい。そして寂しがり屋。それに退職しても彼女には、帰る実家はない。

「忘れているのは貴方が帰国していた1年間。ねぇ、あなたたち、何かあったの?」
「……分からない」

 思わず自分の両手を握りしめた。
 2年前のあの日、俺は彼女を待っていた。まだ若い彼女に、キャリアを捨てて着いてきてくれと頼むのは我儘かもしれないと悩みながらも、離れ離れになることは耐え難く、「空港で待っている」と告げた。
 俺の元へ来たら、二度と離さないと告げるつもりで……。

「この2年、必死に頑張る彼女を見てきて、やっぱり幸せになってほしいって、思ったのよ」
「俺、何も知らずに……」

 何も知らずに、この2年、心の中で彼女を責めてきた。振られたことが受け止めきれず、連絡も無く別れたことに腹を立てて。あの日空港に現れなかった楓に、連絡を取ることすら出来ないまま。
 だが、彼女以外の女性には、興味すら湧かなかった。彼女を忘れられないまま、この2年を過ごした。

 日本に戻ってきたのは、彼女に会うためだ。

 2年も経過したのに、未練がましい自分と決別するために。彼氏がいても夫がいても、もう一度彼女に会いたかった。もし彼女が独身ならば、もう一度チャンスを与えてほしいと懇願するつもりだった。
 しかしまさか、記憶がないとは……。

 狼狽していく俺を横目に、高林はニヤリと笑う。

「ねぇ、専務。ちょっと提案があるのだけど?」
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