耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
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グツグツと何かが煮える音がキッチンに響く。

湯気が立ち上る鍋が置かれたコンロの横で、彼は一人、左手に持ったナイフで里芋の皮をこそいでいた。

身に着けるのは光沢がかったグレーのエプロン。シャツの袖を(ひじ)の上で折り返し、慣れた手つきでナイフを動かす。

彼が作っているのは芋煮———今日の夕飯だ。

旬の里芋は皮が薄く、この方が包丁でむくよりも美味しいうえに栄養を損ないにくい。
ほくほく(・・・・)ねっとり(・・・・)とした触感が特徴の芋煮は、体を温めてくれる上に、こんにゃくや牛蒡などの根菜もたっぷりとれる。

芋煮には牛肉を入れるので、あとはあっさりと食べれる献立にした。
箸休めをかねた大根サラダは、大葉を入れてさっぱりと。昆布の上でホタテとエノキを蒸し焼きにし、醤油とすだちをかけて食べる。仕上げに入れたバターの風味が香ばしく、きっと美寧が気に入るに違いない。

料理が出来上がる頃には戻ってくるだろうか。

手早くナイフを動かしどんどん里芋の皮が剥けていく。無駄のない手つきは慣れたもので、一見料理に集中しているように見える。

けれど怜の頭を占めるのは、つい小一時間前のことだった。


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「風邪を引いてはいけませんので、しばらく大人しくしていて下さい」

そう言って彼女を膝に乗せ、後ろから抱きしめた。

美寧の体がひんやりと冷たいことには気がついていた。縁側でうたた寝をしている彼女の膝からスケッチブックを抜き取る時に触れた手が冷たかったから。

だけどそれは口実にすぎない。
花が咲いたような笑顔を浮かべた恋人から、『大好き』と言われて頭を撫でるだけで済ませられるわけはない。後ろから抱きしめたのは、顔を見たままでは己を制する自信がなかったから。その可憐な笑顔を直視して、また自分が“暴走”するのが怖かった。

怜に気持ちを打ち明けて以降、美寧はますます女性としての輝きを増していく。
中身は以前と変わらない純粋無垢なままなのに、漂う色香は大人のもの。
まるで硬い蕾が花開くように、さなぎが蝶に変わるように———

柚木と一緒に出掛けて以降、うっすらとだが化粧もするようになった。

おしゃれを楽しんでいる美寧を見るのは好きだ。
けれど正直気が気ではない。

ますます美しくなっている彼女を、他の男の目に触れさせたくなくなってしまう自分の狭量さに、我ながら溜め息が出てしまう。

それに加え、ここ二週間は新しくアルバイトに入ってきた神谷のことも気にかかっていた。

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