耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
***


きめ細やかなクリームの泡がふんわりと盛られたカップが美寧の前に置かれた。

「わっ、すごい!」

感嘆の声を上げる美寧の隣に、もう一つ同じものが置かれる。
美寧のカップにはハート、杏奈のものにはリーフが描かれていた。

「ヒロ君。私、コーヒーは……」

「分かってる。これはディカフェだ」

「え、そうなの?ディカフェも出すようになったんだ。知らなかった………」

驚いた声でそう言った杏奈に、美寧はふとマスターの顔を見る。細めた瞳の目尻には皺が寄り、口角と共に綺麗に切りそろえられた口ひげもきゅっと上がっている。

(きっとマスターは、娘さんが帰ってきた時用にディカフェを用意したんだね)

美寧がじっと見つめていると、マスターはそのことには触れず娘に向かって眉を吊り上げた。

「そんなことより———そんなことがあったなんて俺は全然知らなかったぞ、杏」

「別に問題は無かったし、わざわざヒロ君に言うほどのことじゃないもん。言ったらまた心配して『もう一人で出歩くなー!』とかって言うでしょ」

「いや、それはだな、」

「それに私だって十分反省したもん。(しゅう)ちゃんにも心配かけちゃったし。しばらくは一人で街には出ないわ」

ポンポンと軽快に続く父と娘のやりとりを聞きながら、美寧は少し不思議な気持ちだった。

(親子の会話って普通はこんな感じなのかな……)

自分と父の間では有り得ないほど気安い会話。
杏奈から父親への遠慮のようなものは少しも感じない。

(マスターと杏奈さんには血縁関係はないって前に聞いたけど、知ってても本当の親子じゃないなんて信じられない)

仲の良い親子の会話に、美寧の胸の奥が少し痛んだ。
自分もこんなふうに父と話をしてみたかった、と———

「あっ、でもあの時も一人じゃなかったんだよ。ちゃんと騎士(ナイト)がついてたんだから」

杏奈が言った言葉に、確かに姫に忠誠を誓う騎士のようなあのこ(・・・)のことを思い出して、その可愛さにさっきまで下がっていた美寧の口角が上がる。その時、入り口のカウベルがまたカランと鳴った。
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