耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー


「…ネ、ミネ……」

名前を呼ばれながら肩を叩かれて、美寧は「はっ」と息を呑む音と同時に両目を開いた。

「大丈夫ですか?ずいぶんうなされていましたが……」

心配そうな顔の怜に上からのぞき込まれながら、美寧は浅い呼吸を数回繰り返す。本当に走っていたかのように心臓がバクバクと暴れていた。

(れい…ちゃん……)

小さな視界の中いっぱいに映るその人に、張りつめていた息と体のこわばりが解けていく。
浅い呼吸を一旦飲み込んでから深呼吸を二度ほど繰り返すと、やっと美寧の視覚がいつもの景色を捉えた。

(ゆ…め…だったんだ……)

目に映るのはいつもの自分の部屋。
畳の上に敷かれた布団。仏壇の花、その隣の祖父の写真。猫間障子が少し開いているのは、怜がそこから入ってきたからだろう。

「すみません、勝手に入ってしまって」

美寧の息が整ったのを見計らって怜が言った。

「外から声を掛けたのですがなかなか目が覚めず、苦しそうにうなされてたので」

美寧に断りもなく部屋に入ったことを謝った後、「大丈夫ですか?」と言いながら美寧の顔を覗き込んでくる。

「……大丈夫。ありがとう、れいちゃん」

言いながら上体を起こした美寧は、その時やっと怜がスーツ姿なのに気が付いた。

「私……もしかしてまた寝坊しちゃった!?」

慌てる美寧に怜が首を左右に振る。

彼が着ているのは出勤する時に身に着ける三つ揃いのスーツ。上衣は羽織っていないが、シャツの上からすでにジレは纏っている。

普段怜は、朝食の後の身支度でその姿になる。あとは上衣を羽織り腕時計を着け、カバンを持ったら「いってきます」をするだけ。美寧が『寝坊した』と勘違いしたのも仕方ないだろう。

「ミネの起きる時間はいつも通りですよ」

怜は布団の隣に片膝を着いて、寝起きで絡まった美寧の髪を手で()きながら言う。

「大学での仕事が急に立て込んでしまって、今日は少し早く行くことにしたのです」

「そうなんだ……」

と言うことは、今朝は一緒にお弁当作りは出来ないし朝食も一緒に取れないということだ。
美寧は少しがっかりしながらも、仕事ならそれも仕方ないと自分に言い聞かせる。

「急に決めてしまってすみません」

「ううん、気にしないで。お仕事だもん」

怖い夢を見たせいなのか、起きてすぐに怜が出勤してしまうことを聞いたからなのか、中々気持ちが立て直せない。美寧は俯いたまま掛け布団の上に重ねた両手をきゅっと握りしめた。
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