耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
胸の中に重たくて黒い何かを詰め込まれたような圧迫感がある。それを外に出したくて、そっと音を立てずに長い息をついた。
それと同時に、美寧の髪を梳いていた怜の手が離れていく。

怜はこれから出勤するのだ。美寧は、慌てて掛布団を手で掴んだ。

「お見送りするからもう起き、」

けれど美寧の言葉は途中で止まった。なぜなら、離れたはずの怜の手が美寧の肩をグッと押したから。

(え、)

予期せぬ怜の行動に驚く間もなく、美寧はゆっくりと背中から布団の上に戻っていくのを開いた両目で見ていた。


枕に頭が着いた時、思ったほどの衝撃が無かったのは怜のもう片方の手が背中を支えているからだと気付いたのは、ずいぶん後になってから。

ぱちりと見開いた美寧の両目に、見惚れるほど端整な顔が映る。

切れ長の涼やかな瞳は深みのある濃褐色。小さく細い輪郭に、薄い唇、すっと通った鼻すじ。オフの時は垂らしたままでいるサラサラのアッシュブラウンの髪は、出勤前はいつも整髪剤で軽く整えてある。

「れ、」

名前を呼ぼうと口を開いた瞬間、美寧の額に温かなものが触れた。
判を押すようにじっくりと押し当られたそれは、音を立てて離れていく。

「嫌な夢だったのですか?」

「え?」

「よほど怖い思いをしたのでしょう。まだ震えています」

「あ―――」

怜の手が美寧の手をすくい上げる。その指先は小さく震えていた。

震える手を包むように握った怜は、美寧の指先に口づけを落とす。美寧は自分の胸の中に広がっていた何かが少し軽くなる気がした。

「怖い夢だった……気がする。でももうあまり思い出せないの……なんだか一生懸命走ってたのは覚えてるんだけど……」

「そうですか……夢見が悪いと、朝から気持ちが塞いでしまいますよね」

怜が言う通り嫌な夢を見たからこんなに胸がズンと重くなっているのかもしれない。

「もう大丈夫」———そう言おうとした時、怜の顔が再び視界一杯に広がった。

「ん……」

ついさっき額に感じた感触が、今度は美寧の唇に降ってきた。
そっと瞼を下ろして怜の温もりを感じる。
掛布団はお腹の上までしかかかっていないのに、上半身がじわりと温かい。

それもそのはず。布団の端に片膝を着いた怜が、片肘を美寧の顔の横に着き、布団と自分の上半身で彼女を閉じ込めているのだから。

口づけをされながら密着した上半身。体重はほとんどかけられていないので重たくはない。それどころか、自分よりも高い体温がじわりと伝わってきて心地良いくらいだ。

ずっと布団の中にいたはずなのに、怖い夢でかいた寝汗が冷えたのか自分の体が少し冷たいことに、そうなってやっと気が付いた。
もしかしたら怜は、自分より早くそのことに気が付いたのだろうか。


やわやわと唇を食まれて、それがくすぐったくて「ふふっ」と笑うと、くっついた唇から彼も「ふふっ」と微笑む気配がする。
少しだけ瞼を持ち上げてみると、柔らかく細められた瞳と目が合った。

瞳を合わせたまま、もう一度ぴったりと唇を重ね合わせる。上唇を舌で軽くなぞられて、美寧は瞼をもう一度閉じる代わりに、唇をゆっくりと開いた。

< 156 / 427 >

この作品をシェア

pagetop