耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
閉じた瞳に生理的な涙が溜まり始めた頃、怜の唇はリップ音を立て、美寧の耳から離れていった。

耐えるべき感触が無くなった瞬間、美寧は詰めていた息を吐き出した。口は空いていたのになぜか呼吸が荒くなっている。

「うぅっ……」

むず痒いようなゾクゾクとした痺れが残る体と、込み上げる羞恥心に唸り声をあげた美寧。
瞳に溜まったしずくがあと少しでこめかみへと流れそうになった時、美寧の目尻に優しい唇が落とされた。

「大丈夫ですか?」

美寧をこんな風にした張本人が訊く。

大丈夫じゃない、と抗議と弱音が半分ずつ入り混じった異議を唱えようと、固く閉じていた目を開く。けれど美寧は、口を開いたまま言葉を飲み込んだ。

怜の瞳の奥が揺らいでいた。

心配や揶揄いとは違う種類の何か。『不安』に似た何かが潜んでいる。

それは美寧が熱を出して寝込んだ時に見る表情に近い。
心底心配して美寧の様子を伺っている。それは、大きな犬が飼い主の不調を心配する様子にも似ていた。

(杏奈さんを心配するアンジュさんみたい……)

聞こえるはずもない『きゅーん』という鳴き声が聞こえてきそうだ。

「だい…じょうぶ………」

思わずそう口にしていた。

「それは良かったです」

花がほころぶような顔で微笑んだ怜は、もう一度軽い口づけを美寧の唇に落としてから、彼女の体の上から退いた。

突然無くなった重みにぼうっとしている美寧の頭を撫でながら怜は言った。

「朝食はサンドイッチとさつま芋のポタージュです。お弁当も一緒にテーブルの上に置いてあります」

「あ、ありがとう……」

突然出てきたご飯話に、反射的にお礼を言う。

「今日は帰りも遅くなりそうなので、夕飯も先に済ませていてくださいね」

「……うん」

帰りが遅くなるという報告にシュンとしてしまう。そんな美寧の頭をもう一度撫でながら怜は言う。

「その代わり、週末はゆっくり過ごしましょう。“練習”の続きもまた」

「れっ、」

カッと頬を染めた美寧に、怜は「ふふっ」と笑ってから立ち上がった。

「見送りはいいですよ?もう十分に『いってらっしゃい』は頂きましたから」

美寧の顔が更に赤みを増した。
その反応に楽しそうに忍び笑いを漏らした怜は、『いってきます』と言い置いてから開いた襖の間から出ていった。



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