耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
***


【CCO】を出た怜は、理工学部棟までの小道を歩く。

(相手側からの回答はまだ返ってこない、か……)

黄色い絨毯のようになっている銀杏(いちょう)の葉が足元でサクっと音を立てる。
その音に気を取られることもなく、怜は頭の中で担当職員から聞いた話を反芻した。

月曜日の午後に月松酒造に出した質問書の回答はまだない。何度か電話連絡も入れているが、『担当者不在』だと言われ取り次いでもらえないという。

(年内とはまた急な………)

今年の残りが二か月を切っている今、年度末ならまだしも、この年末でいきなり契約打ち切りだというのは急すぎて腑に落ちない。何か特別な理由があるのかもしれない、と穿った考えが過る。


右手を持ち上げ時計に目を遣った怜は、足を速めた。
あと十分足らずで二限目の講義が始まる。水曜二限目はあの『基礎生物学』。美寧が大学に迷い込んできた時の講義だ。

無駄に広すぎる大学構内の中で、【CCO】は理工学部の対角線上に位置する。要するに遠い。

急ぎ足で理工学部の敷地まで戻ってきた怜に、背後から声を掛けられた。

「藤波先生っ!」

振り返ると立っていたのは、あの学生(・・・・)だった。

「神谷君」

足を止めた怜に神谷が近付いて来る。

「急に呼び止めたりしてすみません……あの、少しだけお時間いいでしょうか?」

「………なんでしょうか」

「えっと……あの………」

神谷は言葉を探すように口を開けたり閉じたりしたが、いっこうに続きを言わない。
怜とて決して暇なわけではない。次の講義の前に一旦准教授室に戻り、研究室にも顔を出しておいたほうがいい。

「神谷く、」
「先生は……彼女のこと、どう思ってるんですか?」

神谷は、怜の呼びかけを遮って言った。

「………彼女、とは?」

「分からないふりはやめてください。美寧ちゃんのことです」

表情を変えることなく訊き返した怜とは逆に、神谷の顔には余裕が無い。

「中途半端に優しくして、彼女のことを振り回すのはやめてください」

「……彼女を振り回す?」

怜の眉がピクリと動く。それに全く気付かない神谷は、更に食って掛かる。

「そうです。先生には付き合っている女性がいるんでしょう?大切にしていると噂で聞きました。それなのに、美寧ちゃんにもちょかいを掛けるなんてひどいです」
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