耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
[3]


あれ(・・)も練習のひとつだったの……?)

公園のベンチでさっきから何度も同じことを自問自答する。
あれからずっと、そのことばかりが美寧の頭を占領していた。

恒例の『水曜日のスケッチ』に公園に来ても、全然手元に集中出来ない。怖い夢のことなど、すっかり頭から飛んで行ってしまっている。

お昼ご飯を食べようとベンチに座り弁当箱を広げたものの、ほとんど手に着かず取り留めもなく同じことばかり考えてしまう。


(“恋人練習”って、キスのことだと思ってた……)

けれど怜は言った。『もっとあなたに触れたい』と。

だからあんなふうに耳を食べるみたいに舐めたのだろうか。

(ううっ……、恥ずかしいっ……)

湯気が出そうなほど熱い顔を、両手で覆って伏せる。

風は少し冷たいけれど、熱く火照る顔にはちょうど良い。
頭の上にはきっと今も青く澄んだ高い空が広がっているだろう。晩秋の柔らかな木漏れ日を背中に感じるのだから。

(れいちゃんは『私が驚いてしまう』から“練習”しようって言ったんだよね……じゃあ今朝のあれ(・・)も、びっくりしなかったら恋人同士は普通にするってことなんだよね……?)

考えれば考えるほど分からない。
そもそも肉親以外の異性を好きなることも、その人と恋人になることも初めてなのだ。

恋人同士の『普通』なんて、誰も教えてくれなかった。
一緒に暮らしていた祖父も、祖父の家で色々な世話をしてくれた歌寿子も、学校の先生も、誰も———

「み、ね…さん?」

急に声を掛けられ顔を上げると、そこには知った顔が。足元には彼女の可愛い騎士(ナイト)もいる。

「杏奈さん!!アンジュさんも……」

「やっぱり美寧さんだった……こんにちは」

美寧の方へ数歩近付きながら挨拶をくれる杏奈に、美寧も「こんにちは」と返す。
すると、杏奈は立ったまま美寧の顔を伺うように覗き込んだ。

「どうかしたの?具合が悪いの?」

「い、いえ……違います。大丈夫です」

慌てて頭を左右に振ると、杏奈がほっとした顔になる。

「良かった……気分でも悪くなったのかと思っちゃった」

「あっ……」

少し前に同じようにベンチで具合を悪くしていたひとの姿を思い出した。すると、杏奈も同じことを考えたのだろう。「あの時は本当にありがとう」と照れ臭そうに言った。

「杏奈さんはお散歩ですか?今日、お仕事は……」

「今日の研修は午前中だけだったの。お昼前に帰って来れたから、たまにはアンジュをゆっくり散歩に連れて行ってあげたくて……こっちに帰って来てからはお母さんとヒロ君に任せてばっかりだったから」

そう言うと杏奈は自分の左側に行儀よく座るアンジュの頭を優しく撫でながら、「ごめんね、アンジュ」と呟く。アンジュのふさふさとした尻尾が左右に数回揺れる。その様子に目を細めた彼女は「ありがとう」と優しく微笑んだ。
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