耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
足元から顔を上げた杏奈が、美寧を見ながら言う。

「でも、具合が悪くなったんじゃなくて良かった」

「すみません……そう見えましたよね……」

顔を覆って俯いていたら、気分が悪いように見えても仕方ない。誤解を招くような行動をしてしまったと反省する。

「ここ、座っても大丈夫かな?」

「あっ、もちろんですっ、どうぞ……」

妊婦さんをいつまでも立たせてしまっていたことに気付き、慌てて腰を少しずらす。大きめに空いたベンチの左端に、「ありがとう」と言った杏奈が腰を下ろした。

「美味しそうなお弁当~!!」

スカートの裾を整えながら杏奈が言う。
杏奈の視線の先は美寧の膝の上。今朝怜が作ってくれたお弁当が乗っている。

栗がちらりとのぞく栗ご飯おにぎり。美寧好みの甘めの玉子焼き。チーズの入ったカボチャコロッケは、ころんとした小さな丸。仕切り代わりに敷かれたリーフレタスのグリーンとミニトマトの赤が彩りを添えている。

「わっ、どんぐり!可愛い~!!」

杏奈が目を丸くする。どういうわけかウィンナーと肉団子が組み合わさって、どんぐりになっていた。

「すごいね!美寧さんが作ったの?」

訊ねられ美寧は首を横に振る。

「れいちゃんが作ってくれたんです。……あ、私、れいちゃんの家に住まわせてもらっていて……」

「そっか~、藤波さんお料理上手なんだね。頂いたレアチーズムースもすごく美味しかったし」

今度レシピ教えてもらおうかな、と呟いた杏奈が、今度はじっと美寧の顔を覗き込んだ。

「あの………なにか、」

自分の顔に変なものでも付いているのかと、美寧が頬に手を遣った時———

「何か困ったことでもあったのかな?」

おもむろにそう訊ねられ「え、」と手が宙で止まった。

「遠くから姿が見えた時からずっと同じポーズだったから……具合が悪いんじゃなかったら、何か困ったことでもあったのかと思って」

「………」

口ごもった美寧に、「別に言いたくないことなら言わなくても大丈夫だよ」と杏奈は付け加える。

「ん~でも、私じゃあんまり役には立たないかなぁ……もし本当に困ったことがあるのなら、ヒロ君やうちのお母さんに相談してみたらいいと思う。二人ともきっと美寧さんのことなら喜んで相談に乗ると思うよ?あ、でも……案外私みたいにそんなに会うわけじゃない相手の方が話しやすいってこともあるよね……」

杏奈は一旦そこで言葉を切った後、「う~ん」と少し唸ってから、ぽんと手を叩いて言った。

「ほら、言うでしょ?『旅の恥はかき捨て』って———」

杏奈はつぶらな茶色い瞳をぱっちりと開いて得意そうにそう言ったものの、ふと我に返って、「あれ?なんかちょっと違う?」と首を捻る。

杏奈が左右交互に小首を傾げると、彼女を見上げているアンジュも同じように頭を傾ける。
ふたり(・・・)の焦げ茶色の毛が、同じように揺れる。
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