耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
「さっき偉そうに言ったことはほとんど本で読んだことなの……ほら、私、知識だけならいくらでも取り入れられる場所で働いているから」

言われて、彼女が図書館司書だったことを思い出す。

「今まで読んで来た小説の知識とかしかなくって、本当にお恥ずかしいのだけど……」

「そ…うだったんですね……」

「うん……だから、(しゅう)ちゃんと、あっ、夫のことね?彼と付き合い始めたばかりの時は私も色々と失敗ばっかりしちゃって……分からないことだらけで戸惑ったり変に我慢したり。今になってみれば、分からないことは素直に彼に相談すれば良かったんだな、って分かるんだけど」

「素直に相談……」

「うん。まあ、なんにしても“初恋”って難しいもんだよね」

「え?……初恋?」

「うん。私の初恋は今の旦那様だよ」

「でも……この前は『マスターが初恋』だって……」

「ああ、あれ……うん、確かに言いましたよね、はい」

頷いた杏奈。なぜかまた丁寧語になっている。
丸い瞳をぱちくりとした美寧に見つめられ、杏奈は「へへっ」と照れ笑いを浮かべて言った。

「あれは小さかった私が“初恋”だって思い込んだと申しますか……」

「思い込んだ……?」

「うーん、……実はね、私、“初恋”だと思っていたお兄さんが自分の母親と結婚するって聞いた時、全然ショックじゃなかったの」

「……」

「それどころか、『やったー、これでいつも一緒にいられるんだ!』って大喜び」

肩を竦めてクスッと笑った杏奈は、懐かしそうに昔の自分を思い出しながら話す。

「多分私のヒロ君への気持ちは、年上の男性に対する憧れと“父親”に抱く愛情みたいなものだったんだと思う」

「父親に……」

「そうそう。だから、この前のはちょっとした笑い話。だってヒロ君って、いつまで経っても娘の私に甘くて心配ばっかりなんだもん。“初恋の相手が父親になった”っていうのは、半分照れ隠しかな……」

「いい年なのにファザコンみたいで恥ずかしいね」とはにかんだ杏奈は、「でも、」と続ける。

「家族になってもずっとヒロ君のことは大好きで、父親役も恋人役もしてくれるヒロ君がいつも一緒にいてくれたから私、誰にも恋をせずに大人になったんだ。でも、修ちゃんと出会って初めて気付いたの。『ああ、これが本当の恋なんだ』って」

「本当の恋………」

「うん。身内に感じる温かい気持ちだけじゃなくて、悩んだりヤキモチ焼いたり時には相手のことが分からなくてぐるぐるジタバタしたり。そんな気持ち、それまで誰にも感じたことが無かったの」

「ぐるぐるジタバタ……」

「あとね、年上の男の人を『可愛い』って思ったのも彼が初めてなんだ。『可愛い』って気持ちは、『愛しい』っていう気持ちとよく似てると思うの」

「可愛いと愛しい……」

「うん。他にもいろんな“初めて”を彼にもらったの。だから……、あの時はあんなことを言ったけど本当は初恋もちゃんと実るんだ。私の初恋はちゃんと実ったもの」

子犬のようなつぶらな茶色い瞳を細めて、杏奈は幸せそうな笑顔でそう言った。
< 169 / 427 >

この作品をシェア

pagetop