耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
「———離せ」

「っ、」

聞こえたその声に、美寧の瞳が勝手に潤み始める。
颯介から美寧を隠すように立ち塞がった体。背の高い彼の頭は、近すぎて顔を上げないと見えないけれど、そうしなくてもそれが誰なのか美寧には分かる。

掴まれていた手首が自由になり、胸の前に引き寄せ自分の手でそこを握る。肌に残る颯介の体温を、少しでも消したくて堪らなかった。

自分で手首を握ったまま、震える指先で目の前にある紺色のコートをきゅっと掴む。すると、後ろ手に回された怜の手に優しく撫でられた。

「藤波先生———邪魔しないでください。僕は彼女と大事な話をしていたところなんです」

怜の向こうから聞こえてくる颯介の低い声に美寧の肩がピクリと跳ね上がる。
ついさっきのやり取りを、いったいどこから怜に聞かれていたのだろうか。

もし颯介が言いたいのがあのこと(・・・・)だとしたら、今ここで、怜の前で言われたくない。
だってそれは美寧がまだ怜に言っていないことなのだから———

コートの背中を握る手に力を込めた瞬間、怜の声が聞こえた。

「大事な話をするのに腕を掴む必要はない。ミネは怯えていた」

その声にいつもの柔らかさは微塵もない。それどころか唸り声を上げて敵を威嚇する獣のような獰猛な気配すら滲んでいる。

「相手を怯えさせるのはどんな行為でも人権侵害にあたる。ハラスメントとして訴えることもできる」

「っ———」

怜の気迫に気圧(けお)された颯介が黙る。
怜は振り向くと美寧の頭を自分の胸に引き寄せた。

「遅くなってすみません」

耳元で囁かれた声に、美寧の目頭が熱くなる。颯介に放ったものとはまったく別の、いつもの怜の声。喉の奥が熱くなって、口を開けば泣いてしまいそうだった。

「マスターにお祝いを言わなければなりません。一緒に行ってもらえますか?」

頷くと、怜は美寧の背中に腕を回し、さり気なく店の方へと体の向きを変える。
寄り添った二人が歩き出した時———

「美寧ちゃん!」

後ろから呼ばれ足を止める。すると、颯介が言葉を放った。

「君は、……君はそこ(・・)にいるべき人じゃない!!」

背中に突き立てられた言葉に、体が強張(こわば)る。
立ち竦んで動けない美寧の代わりに、怜が振り返った。睨みつける颯介と目が合う。

「どこにいるか、誰といるのか、———決めるのは美寧だ」

それだけ言うと、美寧の背中を宥めるように撫で、ラプワールに向かって歩き出した。

その場に取り残された颯介は、もう何も言ってこなかった。






< 185 / 427 >

この作品をシェア

pagetop