耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー

「帰ろう。美寧」

「え、」

出し抜けに放たれた言葉。
固まった美寧に、聡臣は間髪入れず続けた。

欧州(あちら)での仕事は終わったんだ。だから僕はもう家にいられる……これからは一緒にいられるんだ、美寧」

「父さんにも言っておいた。折角戻ってきた美寧を、そんなにすぐに嫁に出す必要はないだろうって———だから、もう心配は要らない」

美寧は息を詰めたまま聡臣を見つめる。
妹の、目尻が少しだけ上がった大きな瞳を見つめ返した聡臣は、微笑みながら手を差し出す。

目尻が下がった瞳が、真顔でも兄を優しげに見せる。美寧は兄の瞳が子どもの頃から大好きだった。
けれど今、その大好きな瞳に笑顔を返せない自分がいる。

「……待って、お兄さま」

辛うじてそう口にした美寧。
少し前の自分なら、大喜びで兄の手を取っただろう。

けれど今は———

美寧は膝の上に重ねた両手をきつく握りしめ、言った。

「私、帰らない」

「っ、」

驚く兄に、美寧は言う。

「家には帰りません」

「美寧!」

「私……ここにいたいの……れいちゃんといたい」

「っ!……」

聡臣は何かを言いかけたが、一旦口を閉じ、奥歯をぐっと噛み締める。そして正面に座る妹ではなく、その隣を睨みつけた。
聡臣が怜と目を合わせるのは、玄関先の初対面の時以来。


「あなたですね———妹をそそのかしたのは」

「なっ!」

怜に向かって兄が言い放った言葉に、美寧は絶句する。
すぐさま「そんなことしてない!」と異議を唱えると、兄は美寧の方を見ずに「おまえは黙ってなさい」とピシャリとはねつけた。
その声はとても鋭く厳しくて、これまで兄からそんな言い方をされたことのなかった美寧は、思わず怯んでしまった。

「あなたのことはここに来る前に少し調べさせて頂きました」

「し、調べたって……どういうことなの、お兄さま………」

「彼だけでなく、ここに来てからのおまえのことは前もって調査済みなんだ」

「なっ……!」

兄が平然と言ったことに大きなショックを受けた美寧。ふとその頭に“あること”が浮かんだ。

「もしかして……ここ最近商店街で噂になってた不審者って………」

「不審者……?何のことか分からないが、調べさせたものがウロウロしていたかもしれない」

「なんで、そんなっ!」

兄にとって、いなくなった妹の所在さえ分かれば、一緒に住んでいる相手を調べることなど造作もない。
だとしても、こうして直接会う前に調べるなんて———
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