耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
挨拶のキスまでこうして唇以外にされてしまうと、もしかしたらやっぱり怜は怒っているのかもしれない、と不安になってしまう。

自分の口から本当の名前を明かさなかったことで、彼は美寧に幻滅したのかもしれない。
だから、“恋人練習”どころか挨拶のキスすらしてくれなくなった。

いや違う。そんなことない。

怜は美寧に『あなたが何者でもかまわない』と言ってくれたじゃないか。『迷惑なんて何もありません』とも。


少し前にも同じように怜が“遠く”感じた時があった。それは怜が『美寧のことを怖がらせて泣かせてしまった』ことを気に病んでいたせいだった。
あれは誤解だとちゃんと分かってもらえたはずなのに———

突然の兄の来訪から二週間近く経った今。
打ち消そうとすればするほど、どこからかひたひたと悪い考えが浸み込んできて、それを押し戻そうとすればするほど、不安になる。

食事が喉を通らなくなってきたのは、怜がいない寂しさのせいもあったが、そんな不安が彼女の胸を侵食しているせいだった。



怜の手で髪を()かれる心地良さに集中できず、何か考え込んでいる風な美寧に怜はすぐに気付いた。

「どうかしましたか?」

ブラッシングの手を止めた怜。

「眠たくなりましたか?」

時計の針はもうすぐ【11】を指そうとしている。

「そろそろ寝ますか……」

そう言って立ち上がろうとした怜の服を、美寧はとっさに掴んでいた。

「ミネ?」

怪訝そうに呼びかけられ、ハッとする。どうして自分がそんなことをしたのか分からない。

なんでもない———そう言おうと口を開いた時、頭の奥で声がした。

『分からないことは素直に彼に訊けば良かったんだな、って———』

姉だと思って何でも言って、と相談に乗ってくれた杏奈。
彼女の言葉が頭を過った次の瞬間、美寧の口から言葉がこぼれ落ちていた。

「なんで……しないの……?」

「え?」

「こ、 “恋人練習”………最近してないから、なんでかなって……」

怜の服の裾を掴んだまま言った。
< 221 / 427 >

この作品をシェア

pagetop