耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
まったく知らなかった。怜は家では仕事の話はまったくしない。
研究の打ち切りがどれだけ大変なことなのか、具体的なことは美寧には分からない。それでもそれが大変な事態なことは分かる。
この数週間、怜の帰りが遅いのはそのせいなのだ。

「でも、問題はそれだけじゃない」

「どういうこと………?」

「藤波さんの研究と提携していた企業は、酒造メーカーだった」

「酒造…メーカー………」

「ああ。日本酒を作るための酵母の研究だと、報告書には簡単に記載してあった」

「日本酒……お酒………」

美寧の中に何か引っかかるものがあった。それに同調するように、聡臣が頷いた。

「これは極秘だが……その企業………【Tohma(うち)】が買収する予定になっている」

驚愕に目を見開いた美寧が、両手を口元に当てヒュっと息を吸いこんだ

「ま……さか………」

美寧は信じられない気持ちになりながら呟いた。

まさか父が美寧を手元に戻す為に、怜の研究の邪魔をしたというのか―――

「どうして………」

「分からない……父さんがそこまでしたのかということは、僕にも………だけど……」

聡臣が口を噤む。
兄が一体何を言おうとしているのか美寧には分からない。

「だけど……なに?お兄さま……」

訊ねたのに兄は答えない。それどころか、美寧の方を見ようともしない。

「お兄さまっ!」

しびれを切らした美寧が叫ぶように呼ぶと、彼はゆっくりと妹に向き直った。
そして口を開く。

「父さんにとって……【Tohma】のトップにとってみたら、一人の研究者を潰すことなんて造作もない———それは確かだ」

美寧の瞳がこれ以上ないほど見開かれた。

「美寧———今ならまだ間に合う。帰って直接父さんに真相を訊ねよう。僕も一緒に、」

妹を宥めるように語りかける聡臣の言葉が終わる前に、美寧は車の外へと飛び出していた。



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