耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
[3]


気付いたら怜の大学に来ていた。

あの時と同じように階段で五階まで上がり、肩で息をして乱れた呼吸を整えながらゆっくりと廊下の奥まで進む。
【藤波准教授室】というプレートのついた部屋の前に立った。

ドアをノックしよう手を持ち上げた時、閉まり切れていないドアの隙間から話し声が聞こえてきた。


「藤波准教授(せんせい)、どうだったんですか!?あちら側はなんて………」

怜以外に部屋に人がいる。切羽詰まったその声に、ドアを叩こうとしていた美寧の手が止まった。

中にいるのは怜の研究室の学生なのだろう。もしかしたら彼が前に銀杏をくれた竹下とかいう学生なのかもしれない。

立て込んだ話をしている雰囲気が伝わってきて、美寧は上げていた手を下ろした。このまま立ち聞きするわけにはいかない。
そもそも自分はこんな所まで来て、いったい何を怜に言おうとしていたのだろうか。仕事の邪魔になるだけなのに。

美寧が静かに踵を返そうとした時に聞こえてきた怜の言葉に、美寧はピタリと動きを止めた。

「月松(つきまつ)酒造の社長は、こちらの提示したデータを手に取ることもありませんでした。ただ『受託研究は解消します』とだけ」

「そ、そんな……それじゃ准教授(せんせい)がこれまでやってきた研究は……いったいどうなるんです………」

学生の悲痛な声が聞こえた後、部屋がシンとするのが分かる。美寧は気付かないうちに胸の前で両手を握りしめていた。

部屋の沈黙を破ったのは学生の彼の方だった。

准教授(せんせい)は……やっぱりあちらに行かれるつもりなんですか……」

「竹下君、それはどういう……」

「すみません。実は俺、この前たまたま聞いてしまって………」

言いづらそうにしながらも竹下が続けた言葉に、美寧は大きく息を呑んだ。

「藤波准教授(せんせい)……フランスの大学に誘われているんですよね?」

(フランスの大学!?……れいちゃんが?)

思わず口から出そうになった言葉を飲み込む。口を覆った両手が震えていた。

「すみません……たまたま准教授(せんせい)が電話でお話されているのを聞いてしまって……。少し前にフランスからのエアメールも……」

「竹下君。それは、」

竹下に向かって怜が何かを言いかけたが、美寧はゆっくりと後ずさり、踵を返してその場から静かに立ち去った。


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