耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
大学の前の大通りでタクシーを捕まえ、飛び乗った。

さっきから何度も美寧に電話を掛けるが無応答のまま。とうとうコール音の代わりに無機質な音声が聞こえてくる。『電源が入っていない状態か電波が届かない』と知らせるそれに、怜の胸の内に言い知れぬ不安が広がっていく。

さっきから固く握りしめたままの手を、ゆっくりと開いた。

(ミネ………)

自分の勘違いならいい。これが他の誰かが落としたものならいい。

きっと彼女は、突然帰ってきた怜に驚きつつも、いつものように大きな瞳を輝かせて、「おかえりなさい」と笑顔で言うだろう。

そうであれと願いながらも、怜には確信に似た思いを抱いていた———このネックレスが美寧の物だということに。


今朝の美寧の顔と台詞が今もはっきりと思い出せる。

『一度、家に戻ってみたらどうですか?』

そう切り出すと、美寧は大きな瞳を更に大きく見開き、言葉と顔色を失くした。

『自分が出ていっても平気なのか』と訊かれ、『そんなことはない』と即答しかけた。が、それを飲み込んだ。

きっと自分が『平気じゃない』と答えたら、彼女はもっと実家に帰ろうとしなくなるだろう。今でも頑なにそれを拒んでいるのに。

聡臣が言っていた。『ずっと離れて暮らしていた妹と一緒に暮らしたい』と。
彼は本当に妹のことを大事に想っている。それは一度会っただけでもよく分かった。

美寧が幼い時から兄のことが大好きなことも知っている。彼女の口から時々語られる祖父との暮らしの中でも、年に数回だけ兄と過ごせるのが楽しみだったという。

美寧は幼い頃からずっと実家を離れて暮らしていた。
一緒に暮らしていた祖父のことも間違いなく大好きだっただろうけれど、親兄弟と離れて暮らすのが寂しいことには変わりない。幼い頃ならなおさらだ。

大事な家族と会えない辛さと寂しさを、怜はよく知っている。
中学生だった自分にとってもそうだったのだ。きっと幼かった彼女にとってそれは辛く長い時間だったのではないだろうか。


怜も決して美寧と離れたいわけではない。むしろ片時も離したくない。

けれど、そんな自分の我がままだけで、このまま彼女から家族を奪ってしまって良いのだろうか。

本当は美寧の中に父親の愛情への切望があることに、怜は気付いていた。
だから黙って家を出てきたことをずっと気に病んでいる。彼女がそのことに罪悪感を感じ続けるくらいなら、一度実家に帰って父親と話をした方が良い。

怜とは違い、美寧は家族に永遠に会えなくなったわけではないのだから———

美寧はもう一人ではない。
たとえ一緒に暮らせなくても、彼女のことはずっと守る。
もし彼女の父親が自分との交際に反対したとしても、簡単に彼女の手を離したりしない。


怜はネックレスを握りしめた手を、額に着け祈るように瞳を閉じた。

タクシーが家の前に着く。

家は真っ暗だった。



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