耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
(お父さま……きっとお仕事がお忙しいんだわ………)

たくさんのグループを抱える大企業のトップ。その大変さを美寧が身をもって味わったわけではない。きっと美寧が想像する何倍も心身を削るような苦労があるのだろう。

実際父は、海外出張や色々な会合で家にいる時間はほとんどなかった。いつも朝早く出ていき、帰ってくるときも夜遅い。日付をまたぐことも普通だった。美寧はそんな父のことを心配だった。

一緒に暮らし始めて最初の頃、休日なのに「付き合い」があると出かけようとした父に、美寧は言ったことがあった。

『お父さま……たまにはちゃんとお休みになったほうが………じゃないと、いつか体を壊してしまいます』

心配そうにそう言った美寧を一瞥し、父は言った。

『お前は心配しなくていい。ひとのことよりもまず、自分のことをきちんとしなさい』

その言葉は鋭いナイフのように美寧の胸に突きささった。

美寧は高校を出たあと、進学も就職もしなかった。
周りの同級生たちは、それぞれ大学に進学したり、就職したりしていた。たとえ就職先が親の経営する会社や知人の口利きの会社であっても、“社会に出る”ということに変わりはない。美寧はそれが少し羨ましかった。

けれど美寧はそのどれにも属さなかったのは、その当時健在だった祖父に言われたからだ。

『高校を卒業して成人するまでは自分のそばにいて欲しい』———と。

大好きな祖父に、『年寄りの最後の我がままだ』と言われて断れる美寧ではない。
祖父の希望に頷きながら、こう思った。

きっと自分は、二十歳(はたち)になったら祖父のそばを離れて父の家に戻るのだろう。そしたら今度は父の役に立てるように頑張ればいい。
それまでは祖父の為に出来ることをたくさんしよう。
父の家に戻ることになった時、祖父に少しでも「美寧と暮らせて良かった」と思って欲しい。

そう思いながら美寧は祖父のそばにいた。それは美寧自身にとっても幸せな時間だった。

だが、祖父が亡くなって父の家に戻った時、美寧は自分に出来ることがなに一つないことに気付いた。

誰の役にも立たない。なんの肩書もない。未来を期待されているわけでもない。

このままではいけない、と必死に自分の役目を探している時だった。父にその言葉を投げられたのは———。

それは抜けない棘となって、ことあるごとに美寧の心に痛みを与え続けている。


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