耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
父の言葉が予想外過ぎて美寧は両目を見開き、固まった。
そんな娘の反応に、父は少し気まずそうに視線をさまよわせる。

「決しておまえのことを疎んでいたわけじゃない。おまえは私にとっては大事な一人娘。可愛く思わないわけはないだろう………一緒に暮らす日を楽しみにもしていたのだ。
けれど………、我が家にいるおまえを見ていると、まるで(さや)がそこにいるようで……もう亡くなって十七年も経つというのに、まるで昨日のことのように鮮やかに思い出せる」

眉を寄せつらそうな表情を浮かべる父。それはまるで、愛する妻を昨日今日亡くしたようにすら見えるほどで———。
父は眉間の皺をさらに深くしながらも、それでも語るのをやめなかった。

「『いってらっしゃい』『おかえりなさい』『お疲れ様です』———そんな些細な日常の会話ですら、清香に瓜二つのおまえから言われると、彼女が生きていた頃の記憶が鮮明によみがえって……それまで忘れたと思っていた蓋が開いてあふれ出してしまう………清が恋しくてたまらなくなる………」

愛する人を永遠に失ってしまった父のやり場のない悲しみが、美寧の胸にひしひしと押し寄せる。

胸が苦しい。かきむしりたいほどに締め付けられる。

美寧には父のつらさが分かってしまった。

怜と出逢う前の自分だったら、父が言っていることが本当の意味では分からなかっただろう。
分かったふりをしながら抱くのは、『妻を亡くした夫の気持ちはつらいものなのだ』という、うわべだけの同情心。

けれど今は違う。
()くすことなんて考えられない。(うしな)うことは、魂の半分が永遠に欠けるのと同じ。それが『誰かを愛する』ということ。美寧はそれを知っていた。
だから父のことを責める気にはなれなかった。

どんなふうに自分が寂しい思いをしたかなんて、父の悲しみに比べたら取るに足らないことかもしれない。
『大事だ』と思いながらも美寧(むすめ)のことを見るたびに、失ってしまった大事な人(つま)のことを思い出す。

それは父にとって、どれほどつらく哀しいことだったのだろう———。
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