耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
「おっ……これはすごいですね」
台所を見た怜が珍しく感嘆の声を上げた。隣から見上げる彼の瞳がキラキラと輝いている。
廊下を挟んで反対側にある二部屋は、台所と作業場。
昔はここで通いの料理人である内堀賢輔(うちぼりけんすけ)が料理を作ってくれていた。彼は今、別の場所で料理人をしているらしい。
「ドイツ製のガス台にパン専用のオーブン…ホイロまで……」
「れいちゃん、ホイロって……?」
「パン発酵機のことです」
「あっ!そっかぁ………」
ここで暮らしていた時はよく焼き立てのパンを食べていたが、あれは賢輔がここで一から作っていたのか。
「すごいですね。ここを使われていた方は本当に料理がお好きなのでしょうね。しばらく使われていないようですが、いつでも使えるようにしっかりと手入れが行き届いています」
感心したようにそう口にした怜は、彼にしては珍しく興奮と興味を押さえきれないようで、台所をあちこち見回している。
「賢さんがいてはったら良かったんだすけど、うちはあいにくその発酵機はよう使われへんので。今日は買ってきたパンでかんにんだすな」
「ううん、急に来ちゃった私が悪いの。ごめんね、歌寿子さん……」
「まあ!いとさんは、そないなこと気にしはらんでええのんだす。むしろ中々お戻りやないから、待ちくたびれとったくらいだすよって」
「え……?」
歌寿子が言った言葉に、美寧は引っかかった。
祖父の家から父の家に戻った自分が、どうしてこの家に『戻る』というのだろうか。『遊びに来る』ならまだしも。しかも今は無人のこの杵島邸は、売りに出される予定じゃないのか。
歌寿子が言った『待ちくたびれた』という言葉も引っかかる。
「いとさんは遠慮せんと、いつでも帰ってきはったらええんだす。ここは———」
歌寿子が続けた言葉に、美寧は目を丸くして言葉を失った。