耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
突然茶色い物体を押しつけられたことに驚いたせいか。はたまた、美寧の口から聞いたことのない単語(ワード)が飛び出したせいか。

なんにしても、動きを止めた怜にこの機会を逃すまいと美寧は渾身の力を込めて、怜の体を押し返した。両手に持った「犬のぬいぐるみ」が怜の顔にぎゅうぎゅうと押し付けられるのも構わず。

美寧の反撃(・・)に怜の体が離れる。ここぞとばかりに美寧はぐるりと体を反転させた。

仰向けになった美寧。抱きかかえたぬいぐるみの犬で顔の下半分を隠しながらキッと睨みつける。怜がハッと息をのんだ。

「ちがうっ!」

見上げた相手に向かって叫ぶ。

そっち(・・・)じゃないよっ!れいちゃんの方っ!」

美寧は怜が勘違いしていることに気が付いたのだ。
美寧が『変えて欲しい』と言った『約束』。それは———

「変えたかったのは、れいちゃんが『私以外に料理を作らない』っていう約束!」

切れ長の瞳がみるみる大きく見開かれていく。
美寧はそれを見ながら、心の中のモヤモヤを全部吐き出した。

「もうっ!私がれいちゃん以外の男性(ひと)とキスしたくなんてなるわけないでしょっ!」

言いながらどんどん腹が立ってきた。美寧の話をちゃんと聞きもしないで、勝手な想像をするなんてあんまりだ。思わず怜をにらみつけた。

けれど、言うだけ言ったらすぐに怒りは鎮まり、取って代わるように悲しみがじわりと湧きあがる。

「美寧が他の人とキスをしたいと思っている」と、怜が思った。美寧の意思を無視した行為よりも、そのことの方が何倍もつらかった。

瞼の裏が熱くなって、瞳に大粒の涙が浮かび上がる。
それを隠すように、美寧は抱えていた犬のぬいぐるみに今度は全部顔を埋めた。
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