耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
その大きな鳴き声に振り返ると、噴水を挟んだ反対側に黒っぽい大きな犬がいる。どうやらその犬が吠えているようだ。犬の隣には、若い女性がベンチの肘掛にもたれかかって俯いていた。
犬はまだひっきりなしに吠えている。しかもこちらに向かって。

「れいちゃん……」

犬の方を見ていた視線を怜に戻すと、彼は小さく頷いた後、「何かあったのかもしれませんね。行ってみましょうか」と言った。

二人でそちらに近付くと、その犬はすぐに吠えるのを止めた。

「どうかされましたか?」

ベンチでうずくまっている女性に、怜が声をかける。怜の問いかけに女性は少し顔を上げると、眉間にきつく皺を寄せたまま、辛そうな顔で「ちょっと気分が……」と言った。女性は口元にハンカチを当てている。気持ちが悪いのかもしれない。

怜はほんの数秒彼女のことを見た後、辺りをきょろきょろと見まわし、美寧に「ちょっとだけ彼女のことを見ていてもらえますか?」と言った。
美寧が頷くと、「少しの間だけ、ここをお願いしますね」と言い、足早に噴水の向こう側へ走って行ってしまった。

その場に残された美寧は、自分はどうしたらいいのか考えた。

ベンチの横では、さっき吠えていた犬が今は黙ってお座りし、じっと飼い主の女性を見上げている。まるで彼女のことが心配でたまらないというふうに。

大きくて耳が垂れているその犬を最初パッと見た時はラブラドールだと思った。けれど近くから見ると、毛先がカールした長い毛に覆われているから、短毛のラブラドールではないことは分かる。

その犬は、美寧と怜がやってきてからは一度も吠えていない。具合の悪い主人の助けを呼ぶために吠えていたのだろう。とても賢い犬だ。

美寧は、ひとまずベンチの隣に腰を下ろし、女性の背中にそっと手を当てた。嫌がるそぶりがないことを確認してからゆっくりと背中を撫でてみる。

女性はか細い声で「すみません……」と言ったきり、ハンカチで口を押えてぐったりとしていた。
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