誰よりも不遜で、臆病な君に。
いちいち視線を気にしていてはなにもできないので、学術院にいる間は意識的に周囲の音を遮断している。
だからクロエは気づかなかったのだ、いつの間にか彼が側にいたことに。

「やあ」

背中から声をかけられて、ようやく自分に呼びかけられていると気づいたクロエは顔を上げた。そして、一瞬息を止めた。
笑顔の金髪の青年だ。少し後ろに護衛を兼ねた従者が付き従っている。

「……バイロン様?」

「こんなところで君に会うとは驚きだな」

「それは私も同感ですわ。バイロン様はすでにご卒業されて久しいでしょう」

バイロンはもう二十八歳になる。学術院はずいぶん前にそこそこ優秀な成績でと卒業したはずだ。

「ああ、学術院の医局に通っているんだ」

片目をつぶって、こめかみのあたりをトンと叩いた。
彼が伯父のアンスバッハ侯爵から盛られた鉛の毒は遅効性で、体内に長く蓄積するものらしい。残った鉛を除去するためにずっと治療を行っているとは聞いていた。
年齢の割に薄い体が、彼が完全な健康体ではないことを示している。

「お医者様なら城にもおられるでしょう。往診していただけばいいのでは?」

「体力をつけたほうがいいと言われたものでね。動けるようになってからは、学術院の附属病院で診てもらっているのだ」

バイロンがふっと微笑む。マデリン妃に似たきつそう瞳が細められると、途端にナサニエル陛下に似て見えた。
見た目に置いては、三人の王子の中で最も王子然とした人物である。
だが、クロエは昔、彼が兄をいじめていたことを忘れてはいない。そのせいで、ずっと彼のことを嫌な人だと思っていた。
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