年下ピアニストの蜜愛エチュード
 昭は近所に住む六歳年上のいとこで、ひとりっ子だったせいか、千晶たち姉妹を妹のようにかわいがってくれた。

 中学生の時に伯父たちが北海道に引っ越して離れ離れになったが、医大に合格したのを機に、また近くで下宿することになった。優しい彼との再会を、千晶たちは手放しで喜んだものだ。

 背が高く、ピアノを弾くのが好きで、涼しげな瞳の昭はやがて美雪の家庭教師を始め、続いて千晶の勉強も見てくれるようになった。姉が薬剤師になり、千晶が看護師を目指すようになったことに、医大生だった彼の影響が大きかったのは否めない。

 きっと二人とも、ずっと昭と一緒にいたいと、いつの間にか思うようになっていたのだろう。

 昭はときどきお気に入りの本やCDを貸してくれたし、映画や大学の学祭にも誘ってくれた。大好きだというピアニストのリサイタルに連れていってくれたこともある。千晶の世界は、彼のおかげで少しずつ広がっていったのだ。

 だが彼が想っている相手が姉であることに、千晶は早い段階から気づいていた。同時に、自分を妹のようにしか感じていないことにも。

 そしてほどなく美雪からも昭への恋心を打ち明けられた。

 美男美女で、性格もよく、これ以上ないくらいお似合いのカップルには、嫉妬する余地さえなかった。以来、千晶は「かわいい妹」としての立ち位置を守り続け、二人の前ではいつも笑顔でいるよう努めた。

 そのうち千晶は念願の看護師になり、甥の順が生まれた。恋人もでき、いつかは自分も姉のようにしあわせになれるだろうと思うようになった。

 ――すごいピアニストがいるんだよ、ちあちゃん。これ、聴いてごらん。まだ十代なんだけど、彼の音は本当にすばらしいんだ。

 昭からアンジェロ・潤・デルツィーノのデビューCDをもらったのは、順がもうすぐ一歳になるころだった。
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