年下ピアニストの蜜愛エチュード
 あのジャケットのカバー写真で微笑んでいた美少年が大人になって、目の前でピアノを弾いている。しかも千晶はその彼からキスされただけでなく、また会ってほしいと請われたのだ。

(昭さん、どう思う? 私、アンジェロにからかわれてるの?)

 義兄にこう訊いてみたくても、彼が答えてくれることはもうない。演奏以上にアンジェロのビジュアルがお気に入りだった姉の美雪もまた、この展開をうらやましがったりしない。二人とも去年の冬、交通事故で命を落としたのだから。

 あの日は北海道から伯父夫婦が上京して、千晶の実家でみんな揃ってクリスマスを祝うことになっていた。昭と姉が空港まで迎えに行き、たまたま熱っぽかった順は千晶たちと祖父母の到着を待つことにした。

 だが昭たちがなかなか戻らず、心配していたところに警察から連絡が来た。

 高速で飲酒運転が原因の玉突き事故が発生し、昭の車も巻き込まれたというのだ。冷たい雨が降っていて、視界が悪い夜だった。

 四人は病院に運び込まれたが、昭と姉、そして伯母が亡くなった。幸い伯父は命を取り留めたものの、今も怪我のリハビリを続けている。

 当時のことを、千晶はあまりよく覚えていない。事後処理や手続きに追われていたし、とにかく残された順を守ることに必死だったのだ。

 あいにく父にはもともと持病があり、母も事故のショックでうつ状態になってしまった。幼い順の面倒を見られるのは千晶しかおらず、以来二人で暮らしている。

 事故の前からなついていたとはいえ、状況が落ち着くまでは本当にたいへんだった。千晶自身もストレスがたまって、恋人との関係もギクシャクし始め、結局別れてしまったくらいだ。
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