年下ピアニストの蜜愛エチュード
 だが、それももっともな反応だと思う。アンジェロはすばらしい芸術家で、同時に彼女の甥でもあるのだから。

(早々にダメ出しされなかっただけ、よかったのかも……)

 なぜこうして彼の隣にいられるのか、千晶は今もふしぎでならなかった。

 その後もアンジェロは誰かに会うたびに、屈託ない様子で千晶たちを紹介し続け、なごやかな時間が過ぎていったが――。

(あら?)

 千晶はふと、順がしきりに目をこすっていることに気がついた。

 慌てて腕時計を見ると、八時を少し過ぎたところだった。いつもならまだ起きている時間だが、今日は一日中動き回っていたので、疲れて眠くなってしまったのだろう。

「どうしたの、千晶?」

 すぐにアンジェロが声をかけてきたので、肩をすくめて順を指差した。

「私たち、そろそろ失礼しようと思います。順、もう限界みたいだから」

 千晶は身を屈め、順に「帰ろうか」と声をかけた。ところが、

「やだ!」

 順は意外にも帰宅を拒み、めずらしく駄々をこね始めた。

「もっとここにいようよ、ちあちゃん。帰りたくないよ!」

「だって順、すごく眠そうだよ。今日はもういっぱい遊んだから、もうおうちに帰ろう」

「やだよ、やだよ!」

 いつになく機嫌が悪いのは眠いからだろうか。だが順が大声で泣き出したりしたら、この場の空気を乱してしまう。

「順、お願いだから――」

 焦った千晶が順の手をつかもうとした時、アンジェロが先に動いた。

 すばやく順と手をつなぎ、ゆっくり跪いたのだ。さらに目線を合わせ、穏やかに話しかける。

「ねえ順、星を見に行こうよ」

「星?」

「そうだよ。このビルの屋上からは、きれいな夜景や星空が見えるんだ。どう?」

「行く!」

「よし、じゃ出発!」

「しゅっぱつ!」

 アンジェロが立ち上がると、半分べそをかいていた順も笑顔で歩き始めた。

「行こう、千晶」

「アンジェロ」

 さっきのように、ごく自然なしぐさで反対側の手を差し出される。千晶は大きく頷き、その手を握った。
< 31 / 54 >

この作品をシェア

pagetop