年下ピアニストの蜜愛エチュード
　それから千晶の訴えを受け入れ、毎朝のアンジェロの差し入れはなくなったが、二人は週末ごとに会い続けた。

　――でも恋愛と結婚は違うわ、三嶋さん。

　もちろん西村のメッセージははっきり伝わっていたし、その懸念も理解できた。どうせ別れるのなら、確かに早い方がいい。

　千晶にもまた順という甥がいるのだ。純粋に彼がかわいいし、自分が預かることで生じる責任も感じている。もし西村の立場に立てば、きっと同じような助言をするだろう。

　それでも今は、一秒でも長くアンジェロのそばにいたいと思った。

　本来なら出会うはずもない雲の上の相手――ずっと夢を見ているように感じていた彼との関係が、別離を意識したことで急に現実味を帯びたのだ。ある意味、皮肉な話だった。

（だって……絶対に結婚はないもの）

　西村も二人が付き合うこと自体には反対していなかった。それにもともとアンジェロは来月から、半年間の演奏旅行に行くことが決まっている。

　彼から思いを打ち明けられたとはいえ、千晶はプロポーズされたわけではなかった。

（そんな関係、自然消滅するに決まってる）

　西村はアンジェロを恋愛初心者と評したけれど、六カ月も世界中を回っていれば、出会いはたくさんあるだろう。あれほどすてきな彼がフリーのまま放っておかれるわけがないし、平凡な千晶のことなどすぐに忘れてしまうはずだ。

　きっとどこかでお似合いの結婚相手を見つける。そして幸福な家庭を築き、ピアニストとしてさらに成熟していくだろう。結局それが一番いいのだ、おそらく千晶にとっても。

　だからアンジェロが出発するまでは、そばにいると決めた。

　彼の笑顔を見て、その声を聞いて、できるだけ思い出を作る。そうすれば、いずれ訪れる孤独な時間もやり過ごすことができそうな気がしたのだ。

　もっともデートにはいつも順が一緒だから、恋人同士としての進展はなかったけれど。
< 40 / 54 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop